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第一章・4話

「神くん、ありがとう。お礼しなきゃ、ね」  制服を着て、空はピアノに向かった。 「お礼、って」 「手を貸してくれた、お礼」  人に親切にしてもらうと、嬉しいよね。  そう言って空は、椅子に腰かけた。 「神くんは、どんな曲が好き? 今、どんな曲が聴きたい?」  お礼に、ピアノを弾いてくれるというのか。  雅臣は、隣でイライラしている長田を横目で見た。 「そうだな。ドビュッシーの『月の光』、弾けるかい?」  長田の心を鎮めようと、雅臣は静かな癒しの曲を選んだ。 「難しい曲名を言われても、解んないな。どんな感じの曲?」 「ええっと。穏やかな曲を頼むよ」 「OK」    空はピアノに向き直ると、譜面も見ずに鍵盤に指を置いた。  紡がれるのは、バッハの『主よ、人の望みの喜びよ』だ。  空が演奏を始めると、周囲の空気が一変した。  美しい旋律を、よどみなく弾いてゆく空。  その調べは、どこまでも清らかで心地よい。  長田の顔つきも、穏やかに変わっている。  最後の音が静かに響き終わると、雅臣は思わず拍手をしていた。 「ブラボー! すごいな、譜面も見ずに」 「僕、曲を聴いたら耳で覚えちゃうんだ。その通りに弾いてるだけだよ」  はにかんだ空の笑顔が、可愛い。 「拍手してくれて、ありがと」 「また、聴かせてくれるかな」 「うん、いいよ」  こうして、雅臣と空は知り合った。

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