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第一章・8話
これは投資です、と雅臣は父に畳みかけた。
「将来、億を稼ぎ出すピアニストになります。私が、保証します」
ふむ、と父親は考えた。
銀行、株式、医療、ITと、様々な分野で資産を運用する神グループだが、芸術関係にはほぼ手つかずだ。
おもしろい、と口角を上げた。
「いいだろう、1千万お前に預ける」
「ありがとうございます!」
「ただし、そのピアニストに芽が出なかったら負債は雅臣、お前が被るのだ」
「承知の上です」
もう一つ、と父は言った。
「将来、必ず神グループを背負って立つ人間となると約束しろ」
「……」
「すでに1千万もの融資を願い出ているのだ。もう避けて通れんぞ」
「解りました」
できれば弟に家督を託し、自分はエンジニアになりたいと願っていた雅臣に、これは辛い約束だった。
誰にも明かしたことはない夢だったが、父は察していたに違いない。
(でも、これで小室くんとその家族が助かる)
それだけが救いの、雅臣だった。
父の部屋を後にし、オーディオルームへ籠った。
時代がかったステレオで聴くレコードは、バッハのピアノ曲集。
その中には、空が弾いてくれた『主よ、人の望みの喜びよ』も収録されていた。
しみじみと、音色に浸りながら空を想う。
こんなに難易度の高い曲を、一度聞いただけで完璧に弾きこなすその腕は、ただ者じゃない。
しかし、とも思う。
そんな彼を買った人間が私だと知ったら、どう感じるだろう。
オークションで人を買う人間の目的など、知れている。
臓器移植か、性玩具。
そんな輩の仲間入りはしたくない雅臣だったが、金の力に頼るしかないのは事実だ。
小室くんに、軽蔑されませんように。
そう願うしかない、雅臣だった。
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