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第二章・7話

「こちらが、ご注文いただいていたものになります」  そう言って、瑞はテーブルの上に3枚のデザインを並べた。  今日のクライアントは、イベント会社だ。  来年度の夏、開催される祭りのチラシのデザインを、瑞の部署は任されていた。 「やぁやぁ、ありがとう」  この中年の男性は、データではなく紙に落としたサンプルを喜ぶ。  モニターで見るものと、印刷したものとでは、色合いが違って見えるからだ。 「さすが高橋くんのトコは、いつもいいものを出してくれるね!」 「あ、白河です」  そうだった、と男は笑った。 「ごめんね。まだ慣れなくて」 「いいえ」  3枚の案を見比べていた男は、目を瑞に向けると身を乗り出してきた。 「どれも捨てがたいんだけど、もう少し何とかならない?」 「何とか、とはどういうことでしょうか?」  う~ん、と男は首をかしげて見せた。 「こう、パッションが欲しいんだよね。綺麗なだけじゃなく」 「新規のご注文ですか」  それには、大仰に手を振る男だ。 「いやいやいや、これでいいんだよ。これで。ただ、これに少し手を加えて、だね」 「では、別途料金とお時間を少しいただきますが」 「え? タダでしょ? それと、3日以内にお願い」  信じられない。  膨大な時間と労力で作られたこのデザイン、手を加えるとなると、さらにそれなりの額と時間が発生する。 「そ、それはできません」 「できない? 前任の高橋くんは、いつも何とかしてくれたけど?」

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