47 / 93

第三章・6話

 稀一は、裕福な家庭に恵まれていた。  大学3年生の途中で海外に1年間留学し、帰国しても就活はせず大学院へ進んだ。  経済的に何ら心配することはないので、ただ心の赴くままに生きていた。  そんなある日、テニスのサークルで蒼生と出会った。  華奢な体からのリターンは、驚くほど鋭い。  甘い顔つきをしていながら、どこまでもボールを追う負けん気。  稀一は、蒼生といつまでもこうしてラリーを楽しんでいたい、と思った。  そんな風に感じる人間に、初めて出会った。  蒼生は、平凡な家庭に生まれ育った。  いい意味で、平凡。  華やかな贅沢はないけれど、絶望する恐慌もない家庭。  両親は真面目に蒼生を育ててくれたし、大学にまで行かせてくれた。  中学、高校とテニスをしていたので、大学でもテニスのサークルに入った。  そこで、噂の稀一と対戦した。  渾身のサーブを、容易く返してくる余裕。  前に落とすと見せかけて、ラインぎりぎりを攻める遊び心。 (若宮さんって、ホントに何でもできるんだな)  お金持ち、イケメン、成績優秀、モデル体型、スポーツマン……。  そんな風に、蒼生は稀一を思った。  そして、他の大勢の人間が感じるように、稀一に想いを寄せるようになった。

ともだちにシェアしよう!