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とんずら?
「ヤヘヱ」
アスカが〝花押〟に興味を持ち、身を乗り出したのと同時に男が言った。フジに目を向けながらもヤヘヱを呼ぶ意図がアスカにはわからない。乱暴にタブレットを突き返したのを見て、単なる嫌がらせにも思えたが、ヤヘヱの返事で違うことに気付かされる。
〝ははっ、承知つかまつりましたでござりまする〟
承知するようなことを何も言われていないのに、煌めく光の粒が男の腕時計から飛び出て畏まる。そのあとで男が同じ調子で恋人の名前を口にした。
「フジ」
「うん、任せてくれて嬉しいな」
フジも任されて嬉しいようなことを何も言われていないのに、明るく元気な自分に戻って楽しそうにしている。アスカは理由を知ろうと男を見遣ったが、瞬間、その見映えのいい姿が疾風のように消え去った。何にしても男がとんずらを噛ましたのは確かと、アスカにも理解出来る。
「あいつ」
アスカは唸るようにして言葉を繋いだ。
「やっぱケチ臭い根性なしのクソ野郎だぞ」
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