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第1話 山の話1
なんだあんた。一体どうしたんだい?こんな時間に、こんな山奥で。
道に迷ったの?おおかた狐火にでもひっぱられたんだろう。あいつら自分じゃヒトを襲って倒せるほど力が無いもんだから、こうやって迷ってるのを灯りで危ないとこにおびき寄せて、崖から落としたり、他のもっと強い連中に狩らせたりするんだよ。んでおこぼれを頂戴すると。
まあ外をうろついてても疲れるだけだろ、中に入んなよ。粗末な小屋だが、夜露はしのげる。
あんた見たとこ、登山客だな。その荷物ん中に喰い物入ってるかい?え?この暗い中で見えるのかって?だってそこに炭の残り火があるじゃないか。充分だよ。
ああ、ちゃんと持ってるな。そんなら良かった。大分弱ってるように見えるから、なんか腹に入れて力つけた方がいい。弱ってると山じゃやばいもん色々引き寄せちまうからな。
今おいらたち、ここに住んでるわけじゃないんだ。良い棲 み家 が見つかったからさ、ちょっと荷物取りに戻って来ただけ。朝になったらすぐ帰るよ。だからあんたに分けられるような喰いモンなんにも用意が無いんだ。
そりゃなんだい?ああ、ランプか。ああ、もちろんつけていいよ。大概の人間は、暗闇が恐ろしいらしいからな。へえー、小さいのに意外と明るいんだな……え?おや。なんだよ。そんなに脅えるなよ。
そんな大げさに後ろに飛び退かなくったって大丈夫。おいら達、ヒトを喰うのはやめてんだ。山の神様にも誓いを立ててある。それを破ったら大変さ。だから怖がらなくていい。
え?あんたたちは何者かって?うーん、見たとおり……と言っても知らないか。まああんたにわかりやすく言うと、妖怪だよ。山神様にお仕えするモノノケだ。
そうだなあ、じゃあおいらたちのことについて話してやろうか。山の夜は長いし、退屈しのぎにはなるだろう。
まずあっちのずんぐりでっかいのがくま。でもほんとの獣の熊とは違うよ。黒くてでかいからそう言われてるだけ。おいらたちはくまちゃんって呼んでる。体も大きくて力も強くて、まあまずここらじゃ最強だろうな。昔は鬼って呼ばれてたこともあったみたいだ。怒ると色が変わって、全身火種のように真っ赤になってそりゃあ恐ろしいんだ。
こっちの白くてちょっと細長いのがやぎ。細いと言っても腕なんかおいらの倍は太いけどな。カエデはぎいちゃんって言ってる。そんでこいつもやっぱり獣の山羊とは違う。頭に生えたねじくれた角と、手足に持ってる硬い蹄がちょっと山羊に似てるからそう呼んでるんだ。
え?カエデって誰かって?そこにいるだろ、その子はあんたと同じ人間だよ。ちっとは安心したかい?ああでも、事情があって今は完全な人間とも言えないんだったなあ……でも見た目はあんたと変わりないだろう?
なんでこんな子がこんなとこにいるかって?うーん、じゃあまずそいつを話してやろうか。
この子はおいらが山ん中のカエデの木の下に、布に包まれて落ちてたのを見つけたんだ。すぐそばには父親らしいヒトの死体があった。多分自殺したんだろうな、自分で小刀を持って喉を突き刺してたからな。
そいで最初はいちいち、カエデの木の下にいたヒトのあかんぼ、って呼んでたんだけど、長すぎるだろ?めんどくさくなって縮めてカエデ、って呼ぶようにして、いつの間にかそれが名前になった。
それでさ、ヒトの死体はさ、今は貴重なんだ。
昔々は山に迷い込んでくるやつも多かったし、そいつらが山中で消えてもいちいち探したりなんかされなかった。働けなくなった年寄りを捨てていく習慣もあったから、おいらたちが何もしなくても、ヒトの肉にはちょいちょいありつけたんだよ。
贄として山神様に捧げられた特別なヒトにゃ手が出せないが、ここいらでそういうの以外で弱ったヒトがいたら、見っけたモン勝ちですぐに喰っちゃって良かったんだ。こんな事言うとあんたは怖がるだろうけど、ありがたいことなんだぜ?おいら達に喰われるのは。だってその血肉と魂はさ、全部が山の糧になるんだ。そうして神様の一部となって、永遠に生き続けていけるんだから、ただ死んで塵芥になるよかよっぽどいい。そう思わないかい?
ええと、どこまで話したっけ?ああそうそうそいで、その時は久しぶりにヒトの血の匂いがしたもんで、おいらそこへ様子を見に飛んでってみたんだよ……そしたらその、カエデの親らしいやつが倒れて死んでたんだな。で、嬉しくなって、すぐくまちゃんとぎいちゃんを呼んだ。おいらの力じゃヒトを棲み処まで運ぶのはちとしんどいからね……その場で喰っちゃっても良かったんだけど、きっと匂いであとのふたりに独り占めしたのがばれちまうし……自分の縄張りで落ち着いて喰ったほうがじっくり味わえるしな。
ふたりはすぐにやってきた。そいでおいらを褒めてくれたよ。で、くまちゃんがそいつをぶら下げて運んで行こうとした。その時に、おいら、すぐそばのカエデの木の下にあった小さな布包みを見つけたんだ。
そこからもヒトのニオイがしたもんで、開いてみたらまだ赤んぼのその子が入ってた……もうすごく弱ってて、多分しばらく何も食べてなかったんだろう、ぐったりして、泣く事もできないみたいだった。
とりあえず赤んぼも一緒に持って帰って、みんなで喰おうと思ったんだけどさ……くまちゃんとぎいちゃんが、赤んぼをすぐには喰わずに育てるって言い出した。今喰ったら小さすぎて一口分にもならないけど、育てて少しでもでかくしたらみんなで分けても喰いでがあるからって。
……正直おいらはそんとき嫌な予感がしたんだよな。だけど反対したりしたらさ、でかいふたりを怒らせて、ヘタすると分け前にありつけない。だから黙ってた。
でもやっぱりおいらの勘は当たったよ。
おいらたち、赤んぼを育ててくうちに情が移っちゃって……案の定喰えなくなっちまったんだ……
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