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第2話 山の話2
そうそう、肝心のおいらの紹介がまだだったな。
おいらはとんび。言うまでもないけど只の鳥の鳶じゃあないよ。体は小さいから力はあまりないけど、はしっこさでは誰にも負けない。茶色くてつやつやのこの立派な翼で、自在に空が飛べて夜目も遠目も効く。だからくまちゃんやぎいちゃんは、喰い物探しにおいらを頼りにしてるんだ。
普段おいらたちは木の実や動物なんかをとって暮らしてるけど、そんときは久々にヒトを喰える事になって上機嫌だった。さっそくでっかい鍋いっぱいに汁をこしらえて、みんなで腹が膨れるまで喰べたよ。ヒトは獣と違って肉だけじゃなく魂にも力が宿ってるから、それを摂り込むとおいらたちはすごく精がつくんだ。
それからくまちゃんが、弱ってる赤んぼにも汁をやろうとしたんだけどそんなもん喰いっこない。ヒトの赤んぼは乳で育てんだ。おいらがそう教えたらくまちゃんは感心して目を丸くしてた。ま、俺は山に篭りっきりのふたりとは違うからな、たまに人里へも飛んで行って、色々見て来てたのよ。だから知恵があるんだよね。
でもそしたら、じゃあ乳かっぱらって来いってふたりに言われちまってさ、正直言わなきゃ良かったなと思ったよ。ほっといて弱って死んだら、すぐその場で喰えたんだから。それに体のでっかいふたりにゃ関係ないかもしれないけど、小さいおいらにゃあほんとは赤んぼの肉の方が柔らかくって良かったんだよ。量より質ってやつよ。でも質より量のくまちゃんとぎいちゃんにはそんなこと言ったって通じやしないからな。
しょうがないんでおいらは人里まで飛んでって、乳をかっぱらってきた。見たことあるんだ、ヒトは山に住む獣と同じに自分の乳を与えて赤ん坊を育てるけど、それが出来ない時は、缶に入った粉を湯で溶いて、代わりの乳を作るんだ。そうだろ?で、ちゃんとそれの入れモンも一緒にかっぱらってきた。汁碗からじゃ飲めないんだからな。どうだいなかなか詳しいだろ?
そいでおいらが色々持って帰ったら、今度はおいらに乳やれって言うんだよ……元々おいらの考えじゃないのになんでおいらがやるんだよもう。そう思ったけど、もし赤んぼがすぐに死んじまったら、おいらの肉も一緒にして汁を作るぞってふたりが脅すからさ、しょうがない苦労して乳をやったよ。
赤んぼのカエデは、最初はぐったりしてて全然乳を飲もうとしなかった。そうなるとこっちも意地んなってさ、必死で口に流し込んだ。そしたらようやく吸い付くようンなって……自分からごくごく飲みだした時ゃほんとにほっとしたな。嬉しかったよ。これでふたりに喰われずにすむっていうのもあったけど、それだけじゃなく、達成感?おいらもヒトとおんなじに器用な事が立派にできんだと思ってさ。得意だったよ――あんたらヒトって生き物はほんと、手先が器用だよな。それにはまったく、おいらたちも感心してんだわ……こまい物何でも細工して作ってな。体は弱っちいけどな。
ま、そんなこんなで、どうにかカエデは育ちだした。ぐにゃぐにゃ寝てたのが一人で座るようになって、じきそこらを這い回るようになった。喰いもんも乳だけじゃなくておいらたちと同じものが喰えるようになった。特にやまぶどうが好きでさ……棲み処の周りに茂ったぶどうの実が季節になって熟れると、顔中汁で紫色にして、夢中になって喰べてたよ。そうなったらおかしなもんで、カエデの肉の量にしか興味がなさそうだったくまちゃんやぎいちゃんも面倒を見はじめた。自分たちが採ってきたものを、カエデが美味そうに喰ったら面白がって、大喜びしたりしてさ。
ぎいちゃんなんか調子に乗って、山の神様がおわす神社にヒトが奉納した玩具を頂戴しに行って、そいつで遊ばせてやったりしてた。風車とかでんでん太鼓とか、女の子の形の人形やなんかでね。カエデはどれも喜んだよ。自分が小さい頃人形遊びしてたって聞いたらやーな顔してたけどね。恥ずかしいんだな、カエデは男の子だからさ。くまちゃんはくまちゃんで、カエデを背中に乗っけて散歩に連れてってやったりしてたよ。
そうしておいらたちがそこらで寝転がって休んでたりすると、カエデは体にくっついてきたり、よじ登ったり、懐っこくてさ。ぎいちゃんは最初カエデにまとわりつかれるのは苦手みたいだったけど、慣れたのかそのうち抱いて寝るようになった。まあおいらは床じゃ寝ないし、くまちゃんの毛は強(こわ)いし、くっついて寝るにはぎいちゃんが一番具合が良かったんだろうな。どうだい、あんたも今夜はカエデと一緒に、ぎいちゃんに抱いてもらって眠るかい?え?遠慮しとく?そうか。でも、ぎいちゃんの毛はふかふかしてるからな、なかなか気持ちがいいらしいよ。
さて、それからカエデが――あんたらの勘定の仕方だと、3つくらいになったときかな、だんだんおいらたち、ヘンな気分になってきたんだ。
赤ん坊の時は小さすぎて、大して感じなかったんだけど、少し大きくなってくるとさ、まあなんていうの?喰い時というか、うまそうな匂いがするんだよな……
もともとおいらたち、ヒトの肉は好物だしさ、あんたもあるだろ、何か好きな喰べ物。そいつが目の前に置いてあったらこう、唾が湧いてくんだろ?口ん中に。おいらたちもそうなるんだけど、もう一方では、今まで仲良く面倒見て来た相手だからさ、もうただの喰いモンとも思えないんだよ、どうしても。
その頃カエデは喋るようになってて……おいら達が話すの聞いてて覚えたんだろう。おいら達もあんたらと同じ言葉を……なかなかうまく使うだろ?そこが獣と違うとこだ……カエデはまだ舌足らずで、ぎいたん、くまたん、とんたん……おいら達のことをそう呼んで……後をついてくるんだよね。そうされるとなんかこう……くちゃくちゃにしてやりたいような……実際時々ひっくりかえしてくすぐったりもしてやったけど……そうするときゃあきゃあ言って喜ぶんだよ。面白かったな。で、なんていうのか……とにかく変な気分だった……そいで毎日、妙な感じで過ごしてたんだよ。
いつ誰が、じゃあ今日は晩飯にカエデを喰おう、って言い出すか、お互い様子を窺ってるようなとこがあった。だって今更、このまま喰べずにおこう、っていうのもなんか、妖怪としての沽券にかかわるというか、そんな気がしてたしね。
でも日に日にカエデは大きくなるし、それにつれて更にうまそうにもなってくる。あのころはろくな服もなくて、まともに体も覆ってなかったからホント、目の毒だよ。脚なんか眼前にぽんと放り出されると、寝ぼけてる時なら齧り付いちまいそうだったもん。
やがてみんな……このままじゃダメだって思い出して……ぎいちゃんだったかくまちゃんだったか……なんとかしようと言い出して……なんとかってようするに、最初のつもりの通りにカエデを喰うってことなんだけどね。
おいらは悲しかったけど、ふたりがその気になったらもう止めようがないから、平気なフリしていた。いよいよ今晩喰べようという事になって、最後だからとおいらはやまぶどうをたくさんとってきた。せめて好きなもんを腹いっぱい喰わしといてやろうと思ったんだ。
表でやまぶどうを山積みにしてやったら、カエデは喜んで、その前にしゃがみこんで喰べ始めた。ぎいちゃんがカエデの体を押さえて、くまちゃんが斧をかまえて後ろに立った。おいらは見てられなくって棲み処の中に隠れてた。
やがて斧が地面に喰い込む音がしたから、ああやっちゃったと思っておいらが外に出て行くと、カエデはまだそこにそのままいて、やまぶどうを頬張ってた。
アレッと思ってたら斧は棲み処のすぐ脇の地面に突き刺さってる。くまちゃんが放り出したんだ――で、ふたりはカエデの後ろにぺったり座り込んでた。
おいらが近付くと、ふたりは座り込んで俯いたまま、この子は喰わずに人里に帰そう、と小さな声で言った。
おいらもふたりのそばにしゃがみこんで、ああ、そうしよう、と言って頷いた。
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