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第35話

「きも。」  声の主は、兄だった。 「春樹兄。」  五つ上の兄は、高い目線から俺を見下ろしてくる。  血は繋がっていないから似てはいないが、顔は整っている。  だからか真顔はやけに怖い。 「お前、父親と同じことしてるんだな。」 「同じことって?」 「あいつ、浮気、してんだよ。」  別に表情は変わらず真顔のまま告げられた。けど、なぜか一層怖く見える。 「愛人を別のマンションに囲ってんだよ。しかも二人も。」  父とは別に仲が悪いわけではなかった。けど、俺は知らなかった。 「そうなの?」 「そう。母さんがいるのに別の女と遊んでるんだよ。結局お前の父は母さんもあの女たちも誰にも本気じゃない。」  真っ直ぐに人差し指をむけられる。 「お前もな。」 「ちがう!」 「何が違うんだよ。」 「僕は全員に本気だ!遊びなんかじゃない!」 「じゃあなおさら最低だな。」  兄の目が軽蔑の目だったことに初めて気づく。 「だってお前、結婚は一人としか出来ないから、最終的には一人選ぶことになるんだぞ。」  その時、初めて結婚は一人の人としかできないことを知った。

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