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エピローグ 俺は疲れた

 久々の屋上は、何も変わらない風景だった。不良くずれが数人たむろしていたり、天体観測のための場所取りをしている人がいたり。去年の今頃と何も変わっていない。柵に背中をつけて座り、薄暗くなった空を見上げる。薄くて青白い月が正面に見えたから、ぼーっと眺めてみる。記憶を引っ張り出して話すというのは、意外と頭を使うようだ。柵の隙間から吹いてくる風が気持ちいい。  目を瞑って風を感じていると、隣に誰かが来て座った。男子校だっていうのに、やけにいい石鹸の匂いをさせていて隣に無断で座るような奴と言ったら一人しか心当たりはない。  「どうしたのぉ?」  「休憩」  声を聞いたら当たりだった。語尾が伸びた怠い感じの喋り方。気持ち悪いという奴もいるけど、性格に合っていると思うから俺はなんとも思わない。  「ちょっと去年のことを後輩に話してさ、結構熱を入れて喋っちゃったから疲れた」  「え、去年といえばぁ…あの騒動?!」  間延びしていない。そんなに驚いたかと思いつつ、「うん」と頷く。引かれたかなと思って隣を見れば、どちらかと言えば心配…されているのか?  「え?え?大丈夫だったぁ…?話して、さぁ…すずむはなんともなかったぁ?」  再び「うん」と頷く。するとため息をつかれた。なんで俺がため息をつかれなきゃならないんだと思って睨んだら、不安そうな顔をされた。  「本当にぃ…?だってさぁ、おかしくなってたじゃん?あの頃のすずむ。いつもビクビクして、目の下に隈つくってるって思ったら、急にいつもどおりになったように見えて、上の空というか自分のことなのに他人事というかぁ…そんな感じだったでしょ?」  そう言われて思い出す。    なんで自分が嫌われて、なんであいつは責任取らずに、なんで誰も助けてくれなくて、なんでみんな無視して…辛いと思うのを止めたら楽になったから、楽だと思っていたら気持ち悪がられて、でもなんとも思わなかったら何も感じずに歩いていたら、井沼に腕を掴まれた。  本の好みが合っていて、図書室で少し話すだけの友達だったのに。それから度々助けてくれて、ようやく苦しいって泣けるようになって。  こいつのお陰で生きていられるのかな?なんて思ってたら井沼が標的にされちゃって。  助けたくても、俺も大変で、どうにも出来なくて、メールするのも怖くて、SNSで聞くのも怖くて、ごめんごめんって泣いてたっけ。  「……やっぱり大丈夫じゃないよねぇ?」  心配そうな井沼の声で嫌な記憶から戻ってきた。そんなことを言われたって、俺は「大丈夫」と返すしかできない。いつの間にか、背中を丸めて体育座りをしていた俺の肩に、井沼は腕を回して耳元で囁いてくる。  「ぜーんぶ終わった時もいったじゃん?抱いてあげようかってさぁ。気持ちよくして、嫌なこと忘れさせてあげる」  吐息も聞こえるほど近い。指が服をなぞる音も聞こえる。そうだ。風紀委員長が見つかって、わけがわからない内に無かったことにされかけたから、『自分は被害者だから知る権利がある』と言いながら色んな奴らに話を聞いて回って、新聞に書こうとしたら部長に『自暴自棄はやめろ』と止められて、何もかもやる気を無くして、今と同じ様にぼーっとしてた時だ。  同じ様に井沼が隣に来て、適当な話をしていたら、なんでかわからないけど、ボロボロ涙が出てきた。そうしたら、『抱いてあげようかぁ?』って言われた。その時はなんて返したんだったか……あぁ。  「欲求不満なら俺じゃなくてもいいじゃんか。『抱いて?』って言いに来る奴でよりどりみどりだろ?」  「え〜?慰めてあげたいんだよぉ。結構評判いいよ?嫌なこと忘れられるってぇ」  「だとしてもいらないよ。俺には慰めにならないから」  そっかぁ、と言って少しだけ離れられた。と、校内放送のチャイムが流れる。  『こちら、放送部。放送部のマイクテストおよびスピーカーテストです。ゴールデンウィーク明けの校内レクリエーション会に向けての準備中です。放送が聞こえていないスピーカーを発見された方はお知らせください…え?何?…えー、風紀委員長からのお知らせです。ゴールデンウィーク中も寮に残る生徒には、期間中に使える場所が記載されたプリントを用意しています。風紀委員室前、および職員室前に置いてありますので、お持ち帰りください』  「木乃杜弟も元気になったねぇ」  終わりのチャイムを聞いた後に、井沼は笑った。  「今は優次のところで寝泊まりしてるらしいよぉ?知ってたぁ?」  「知ってる。その前は俺んとこだったし」  急に何も言わなくなった。見たら文字通り目を丸くしてこっちを見ている。  「…あの、不気味なんだけど……」   Fin

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