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第4話 愛を囁く花の向こう

 職場について、つい癖になっていた花の確認をする。  入ってないことに気付いて、ハッとなる。  目の前の山積みの書類の文字が、頭に入ってこない。  どうしよう、こんなんじゃだめだな僕。  自分の不甲斐ない行動に溜め息を吐いて、深呼吸した僕は、上司に「ちょっと外の空気を吸ってきます」と席を立った。僕の様子を知っていた上司も、苦笑していつもの小言を飛ばすことなく、「行ってこい」と送り出してくれた。  執務室のドアを無造作に開け、廊下に出ようとした瞬間、何か柔らかいものに顔がぶつかった。 「うわっ」  思わず声を出し、一歩後ずさると、そこには両手に一抱え以上もある花束がドーンとあった。  その花は見たことのある花で、包まれた綺麗な紙は毎日僕が貰っていた花を包んでいた紙で。  僕はこの花が、求婚の仕上げの花だと気付いた。  花束で顔が見えない相手を、僕は呆然と見つめた。  僕より大きな身長。  こんな花を抱えて僕にぶつかられても微動だにしない力強さ。 「すまない、こんな状態だから、前が見えなくて」  そして、聞いたことのある、声。  無理やり花束をドアから通したその相手は、ようやく執務室に通れたことに安堵したのか、花束を少し下した。  その時見えた顔が。 「ノア、今まで花を受け取ってくれてありがとう。今日が最終の日だ。答えを訊きに来た」 「アレイン……」  いつもは険しい厳つい顔が、はにかんで少しだけ緩んでいる。  いつも兄上と一緒に僕と遊んでくれていた時の顔と、同じ顔だった。  花は、アレインが贈ってくれていた、んだ。  唇が震える。心臓も震えている。 「僕は……」  声まで震えた。  答えを待つアレインを見上げ、息を吐くのすら難しくなる。 「僕は、このプロポーズ、断ることしか考えてなかったんだ……」 「知っている」  僕の言葉に、アレインが凪いだ表情で頷いた。  アレインは、何を知っているというんだろう。断られることを、かな。  その答えは、アレインがくれた。 「オリバーに、ノアが求婚したいんだと言っていたことを聞いたんだ。ノアに好きな人がいたことがショックだったし、何よりノアが誰かのものになるということも、考えたくなかった。オリバーと酒を交わし、ノアも大きくなったんだななんて笑いながら、胸中じゃ笑い事じゃなかった。俺は、ノアを、初めて会った時から好きだったから。だから、誰かのものになるくらいなら、それなら、横からかっさらうことが出来ないかと思って」  少しだけ目を伏せたアレインの顔は、後悔しているような、諦めているような、そんな、苦笑いの顔だった。 「だから、ノアが花を贈り始めてしまう前に、俺がノアに花を贈ってしまった。すまない。断られることは覚悟しているし、これで吹っ切れる。だから、答えをくれないか」  強い光を宿した瞳は、アレインが僕と同じ決意を持っていたことを教えてくれていた。 「僕は、この求婚を断って、自分で想い人に花を贈りたかったんだ。だから、断ることしか考えてなかった。僕がここで断ったら、アレインは、吹っ切れるの?」  ねえ、僕は考えたけど、やっぱりアレインに求婚して断られても、ずっと引きずって吹っ切ることなんてできそうもないよ。それくらいに強い思いだったんだ。 「そうだな、ノアの顔を見なくなって、老人くらいになったら吹っ切れると思う」  苦笑しながらのアレインの答えに、僕の胸には、熱い何かがこみ上げてきた。  口元がふにゃふにゃする。目の奥が熱い。  大きな花束を受け取って、あまりの重さに、僕はそれをすぐ自分の机の上に置いた。そして、一本だけ抜き取って手に持って、立ち尽くすアレインに近づいた。 「僕は、自分で、アレインに花を贈って、プロポーズをしたかったんだ。アレイン、僕はあなたを愛してる。せめて、僕から言わせてください。結婚、してください」  職場内の人たちからの歓声を受けながら、僕は、諦めかけていた恋の成就を、アレインの唇の感触とともに堪能したのだった。  きっと僕は兄上のように蕩けきった顔をして、アレインと暮らしていくんだと思う。  僕も、アレインに、花を贈ろう。愛を囁く花を。   end

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