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後編
「ヨ、ヨモギ? 突然なに言いだすかな……」
「考えたんだけど、クルミの婚約のことを抜きにしても、やっぱりおれはミツバと結婚したい。だから恋愛感情で好きになれるかキスで確かめようと思って……。もし違和感があったときは潔く諦めるから、一回だけ試させてほしい」
これでだめなら、多分ミツバとは恋愛できない。上手くいくかいかないか、どうなるかはわからないけど、何もやらないよりはずっといいと思った。
このお願いに、ミツバは腕を組むと難しい表情で考えこんだ。時間をかけて真剣に悩む姿にだんだんと不安が募っていく。試すためとはいえ、ミツバは気軽にキスなんてできないのかもしれない。おれだって、ミツバが相手じゃなければこんなこと試そうとは思わなかった。無理なことを言ってしまったかと半ば諦めかけていると、ミツバがおもむろに口を開く。
「わかった。ヨモギがそんなに真剣なら試そう」
「っ、本当に?」
正直もうだめかと思っていたから、受け入れてもらえたことが飛びあがりそうなほど嬉しかった。勢いをつけてミツバに抱きつくと、どこか困ったような顔で受けとめられる。
「しょうがないな、ヨモギは」
こうしておれはミツバとキスをするチャンスをもぎ取ったのだった。
ミツバの肩に両手を置いて、ごくりと喉を鳴らす。改めてキスをするのだと思うととても緊張感する。どきどきしながら目を閉じたおれは、目の前のミツバに唇を寄せた。この辺りだろうか? もう少し? 距離感がわからずに探り探りになっていると、ようやく唇がなにかに触れる。
「……」
「……?」
――これ、ちゃんとキスできてるのか? なんか上と下で弾力が違う気がするんだけど。
誤魔化しようのない違和感に、目を閉じたまま眉を寄せる。どういう状況なのか確かめるために恐々と瞼を持ちあげたおれは、自分が唇を押しつけている場所を知ると言葉を失った。かろうじて上唇がミツバの下唇を捉えていたものの、本来あるべき位置からは大きく外れている。見事なまでの失敗に、目の前が真っ暗になった。いくら経験がないといってもこれは酷すぎる。
ミツバには一度だけといって許可をもらっていたから、やり直しはきっときかない。ということは、もうこれで終わり? 絶望しかなかった。顔を覆い、脱け殻のようになっていると、そっと肩に触れられる。
「ヨモギ、落ち込まなくていいよ。ほら顔見せて」
穏やかな声音で安心させるように肩を擦られて、おれは顔を覆っていた手をずらし、ちらりと顔を覗かせる。
「もう一度したらいいだけだろう?」
「いいの……?」
「いいよ。ヨモギが俺とのことを判断できるまで、試せばいい。失敗なんて気にする必要ないし、どうしても気になるんなら俺と練習しよう」
「ミツバ……っ」
優しすぎる。感激してしがみつくと、あやすように背中を擦られる。
「近づいて、位置を確認してから目を閉じて」
「う、うん」
教えられたとおり、ギリギリまでミツバの唇を見てから目を瞑る。すると今度こそ唇にそれらしい感触がした。ふわっとやわらかくて、ほんのり温かい。さっきとは全然違う。狭い範囲を軽く触れあわせただけなのに、驚くほどミツバの存在を感じて心拍数が上がる。そっと離れて瞼を持ちあげると、すぐ目の前にミツバの端正な顔を見つけて心臓がとび跳ねた。咄嗟に俯いて心臓を押さえる。ミツバの顔をまともに見れなかった。
「何かわかった?」
尋ねられて、首を左右に振る。頬がじわじわと熱をもって熱い。そうやっていると頬を挟まれて顔を持ちあげられた。
「……もう一回する?」
肌に息がかかるような距離で、ミツバの瞳がまっすぐおれを捉える。掠れた声は色気を含んでいて、動揺のあまり目が泳いだ。なにかを考えようとするけど、心臓の音がうるさくて思考がまとまらない。ぎこちなく頷くと、ミツバが顔を傾けた。唇にしっとりとやわらかなものが触れる。心臓がこれ以上ないくらいにドクドクと脈打って、まるで体全体が楽器になったような気分だった。
「ん」
やんわりと上唇を食まれ、ちゅっと吸われる。ぴくりと体が跳ねるといつの間にか背中に回されていた腕に力がこめられ、抱き締められた。唇以外の場所もぴたりと密着するかたちになって、いよいよ心臓が爆発しそうになる。胸が苦しい。
ちゅ、ちゅと啄むように口付けてくるミツバに脳みそが溶けかけていると、小さなリップ音をたてて唇が離れた。ぼんやりと霞がかった頭で、すっかりあがってしまった息を調える。そうしていると耳許に唇が寄せられた。
「口が塞がってるときは鼻から呼吸するんだ」
「鼻……?」
「そう」
鼻――鼻か、今度からはそうしよう。まだはっきりとしない頭で頷くと、側で小さく笑う気配がした。
「顔赤くなってる」
指摘されて、また頬にじんと熱が溜まる。いっぱいいっぱいになっているおれとは違い、ミツバからは余裕が窺えた。モテるからこういうことにも慣れているのか。そう考えるとなんとも面白くない気持ちになった。むすくれていると、さっきよりも真剣な表情をしたミツバに両手を握られる。
「ヨモギ……俺と結婚するって気持ち、まだ変わってない?」
「変わるわけない」
「うん。じゃあ、結婚しようか」
いまも結婚する気満々だと即答したあと、返ってきた内容に思わずミツバを振り仰ぐ。ぼうっとしていたせいで幻聴が聞こえたのかと疑った。信じられずにいると、にこりと微笑まれる。
「ヨモギと結婚したい」
「っ!」
胸をなにかで撃ち抜かれた。血が滾るような感覚に全身が震える。この短い時間でミツバが心変わりしてくれた理由はわからなかったけど、さっきの言葉が都合のいい聞き間違えじゃないことはわかった。
「う……嬉しい」
素直な気持ちがぽろりと口から漏れる。すると後頭部と腰を支えられて、ころんとベッドに転がされた。覆い被さるように上に乗ってきたミツバに目を瞠っていたら、あっという間に唇が降ってきてキスをされる。角度を変えて何度も啄まれて、きゅうっと胸が切なくなった。
「……はあ……」
きもちいい。うっとりしていると、唇を割ってミツバの舌が口内に入ってきた。驚いているあいだにちゅっと舌先を吸われ、腰が跳ねる。思わず喉を鳴らすと、今度は舌全体を絡めとられた。敏感な粘膜を擦りあわせられるたびに甘い感覚が背中を駆けあがってくる。混ざりあって、もうどちらのものかも判別できなくなった唾液を必死に飲み干した。
「ん、ン……ン」
体に力が入らず身を投げだしていたら、ミツバがおれの唇をぺろりと舐めて離れる。瞼を持ちあげると至近距離にミツバの顔があった。
「気持ちよかった?」
「っ、見すぎ……だから」
見つめられるのが恥ずかしくて顔を隠そうとすると、手をシーツの上に縫いとめられる。
「ヨモギ。ヨモギともっとやらしいことがしたい」
「……っ……」
「俺でいっぱいいっぱいになってるお前をもっとたくさん見たい」
だめかと首を傾げられて、息ができなくなる。きゅううっと胸を絞られるような、切ない痛みを感じた。頭がおかしくなりそうなくらいの羞恥があったけど、いつになく余裕のない様子で求められるのが嬉しくて受け入れてしまう。
だけど、ミツバがおれとしたがっていたのは本当にとんでもないことだった。途中何度か本気で止めようとした。でもその度に上手く丸めこまれ、早まったかもしれないとだいぶ後悔している。
服を剥かれ、全身を撫でまわされながらキスをされ。すっかり反応したお互いのものを一緒くたにされて扱かれた。これだけでももう悶え死にそうなものなに、さらには口でいうのが憚られるような場所を舐められた挙句、指まで入れられた。しかもここまでしても終わりじゃないらしい。
「……ミツ、バっ、もぉ……」
無理。無理。とんでもないところにとんでもないものが入っている。あらぬところがめいいっぱい広げられ、強い圧迫感にぼろぼろと泣きながらミツバの首にしがみつく。
「ヨモギ、痛い? 大丈夫?」
「いた……くはない、けど」
痛くはなかった。事前にしつこすぎるほど解されたせいで、信じられないほどすんなりとミツバのものを飲みこむ奇跡が起きている。ただ本来はそういう用途の場所じゃないということと、ミツバのものがまあまあ大きいということで圧迫感がものすごい。かといって抜かれるのも怖く。八方塞がりで涙しかでなかった。
「苦しいんだな? 少し、馴染むのを待とう」
「うん……」
ぐすぐすと鼻をすすりながらミツバの言うとおりにする。こんなことになったのはミツバが原因だけど、縋れる存在もミツバだけだった。そしておれも自分で受け入れたのだから文句は言えない。一刻も早くこの状況がどうにかならないかと祈っていたら、先ほど放ったばかりでいまは萎えたものを緩く扱かれた。
「ミ、ミツバ……っふ……」
「きもちいい?」
「んぅ、ん」
「……はぁ」
耳元に熱い吐息がかかって、びくりと身を竦ませる。大変だ、ミツバが色っぽい。うっすら汗の滲んだ肌も、熱っぽい眼差しも、乱れた呼吸も全部全部。堪らなくなってミツバの手のなかに熱を吐きだすと、中にいるミツバを何度か締めつけてしまう。それにいままでにないくらいミツバが反応した。
「っヨモギ……動いてもいい?」
切羽詰まった初めて見るミツバの姿に、信じられないほど胸が高鳴る。こくこくと首を振ると額にキスをされて、ミツバの腰が引かれた。収まっていたものがゆっくりと抜かれて、またゆっくりとした動作で押し入ってくる。酷く熱いものに体の内部を擦られる感覚に、ぞくぞくと体が震えた。時間を置いたことでだいぶ馴染んだのか、まだ多少圧迫感はあったけど、苦しさはそこまで感じなくなっている。代わりに別の感覚が体を支配しはじめていた。
ミツバが動くたびに繋がっている部分が濡れた音をたてて恥ずかしい。だんだん息があがってくる。顔が熱い。ミツバが何度も何度も出入りしている場所が熱い。すっかり息をあげていると、とろりと蕩けそうな顔のミツバに口を塞がれる。上も下も、熱でどろどろに溶けてしまいそうだった。
「……っん、ふぅ、ン」
頭のなかはもうミツバのことでいっぱいで、あんなに未知の世界で怖かった行為も、心を満たすものに変わっている。唇が解放されると、すぐに口を開いた。感情が溢れて言葉にせずにはいられなかった。
「みつば、みつば……っすき」
「っ!」
「腹のなか、みつばでいっぱいで。……っは、う。きもち、い……」
「――ッ」
寝そべって正面から受け入れていた体位からぐいっと引き上げられ、胡坐をかいたミツバの上に乗っかるような体勢に変わる。重力でさっきまでよりもさらに奥にミツバのものが届いて、息を飲む。そうして息が調わないうちに下から突きあげがはじまった。
「んっ、んっ、ん、あっ」
「ヨモギ……っかわいい。俺も、すきだ。すごくすき」
奥へ奥へと入ろうとするミツバの背中に爪をたてる。深いところを開かれて、叩かれて、ミツバに好きだと言われて、もう我慢ができなくてまたすぐに達してしまう。これまで感じたこともないような強い感覚にがくがくと震えていると、ミツバがおれの名前を呼びながら耳のやわらかいところを甘噛みしてきた。
「はあ……っこのまま、奥に出したい。いい……?」
「っん」
わけがわからなくなっているところに熱っぽく囁かれて、腰を擦りつけられて、おれは必死で頷く。その少しあとでミツバのものがぐっと奥に押し込まれ、腹の奥深くが濡らされた。
「……っ、……あ」
強い力で抱きしめられると、最後まで注ぎきるようにゆっくりとミツバの腰が上下する。甘怠い感覚に唇をはくはくと動かしながら、おれは腹のうえからミツバのものを撫でた。
今日一日、怒濤の展開だった。ミツバとこういうことになって疲労はあるけど、心はとても満たされていて。おれは穏やかな気持ちで瞼をおろした。
***
目を覚ますと、外はもう夕暮れを迎えている。肌寒さを感じてモゾモゾとぬくもりを求めていたら、ベッドが軋んで、上から伸びてきた手のひらに頬を撫でられた。見上げると、早くから起きていたらしいミツバがベッドの端に腰をおろしている。
「起きた?」
「……うん」
汗などで汚れていたはずの体は、すっきりとして清潔な状態になっていた。ただ服を着ていないため、上掛け一枚ではどうにも心許ない。上掛けの下で肌を擦っていたら、ミツバが甲斐甲斐しく服を着せてくれた。これで寒くないとベッドの上に座りほっとしていると、正面からミツバに抱き締められた。
「ヨモギ。婚約指輪だけど少し時間をもらえないか?」
「え?」
こんやく指輪? と寝起きで回らない頭で考える。すぐにはなんのことだか思い至らなかったものの、ミツバと結婚の約束をしたことを思い出すと、眠気が吹っとんだ。あわあわしているおれを胸に押しつけながら、ミツバは真面目に話を続ける。
「ヨモギには買ったものじゃなくて、俺が作ったものを渡したいんだ」
「婚約指輪……ってミ、ミ、ミツバがおれのために作ってくれるのか?」
「うん。ヨモギが嫌じゃなかったらだけど」
まさかの提案に涙がでそうになる。嫌なんてことはあり得ない。結婚できるというだけで既に幸せいっぱいなのに、ミツバがおれのことを想って指輪を作ってくれるなんて、これ以上のことがあるだろうか。そんなものをもらってしまったら一生大事にするに決まってる。
「待つ。いくらでも待つ」
語尾を強くしながら何度も頷くと、ミツバがおかしそうにふんわりと笑った。
「そんなには待たせないよ。じゃあ、なるべく早く渡せるよう用意するから」
「うん、楽しみにしてる」
ミツバがおれのために作ってくれる指輪。いったいどんなものだろう? あれこれと想像を膨らませるけど、ミツバがおれを想って作ってくれたものならきっと、どんな指輪でも気に入るんだろうと思う。
――それから幾日か後。おれは自分の指で煌めく指輪を眺めては、顔が緩むのを抑えられなくなるのであった。
おわり
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