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序章

この世は、α一強だ──。 Ωには発情期がある、故に劣悪だ。 ──ならばその、発情期を賢く利用してしまえばいい。 雲雀野(ひばりの)と呼ばれる地区がある。 住人の内8割がΩ、2割はβ。そして極々少数のα。 人々は、主に春を売って生計を立てている。 雲雀野は、今や日本一栄える花街───。 金ヶ峰と銀ヶ峰と呼ばれる山の合間に流れる黄金川に面して立ち並ぶ湯屋。 その数、実に87軒。 そして雲雀野の最も奥、人工的に削り取られた断崖を背に、一際大きな湯屋が聳える。 雲雀野城──またの名を、六花(ろっか)城。 その名の通り、層塔型天守を模った雲雀野最高峰の湯屋である。 但し、立ち入る事が出来るのは年に一度、一日限り。 ところで、雲雀野は花の名所としてもよく知られている。 鈴蘭(すずらん)水仙(すいせん)紫陽花(あじさい)夾竹桃(きょうちくとう)彼岸花(ひがんばな)、そして、──鳥兜(とりかぶと)。 それらを総称し、雲雀野毒六花(ひばりのどくろっか)と呼ぶ。 さて、先で紹介した雲雀野城。 そこに年に一度だけ、6人の高位な売春婦ないし売春夫が集う日がある。 そして揃いも揃って一斉に、発情期を迎えるのだと言うから驚きだ。 それこそが、大潮と呼ばれる年に一度の大々祭。 雲雀野毒六花の名を借りて、6人のΩが色香──即ち、毒を仕込んで、今か今かと客人を待ち侘びる。 今宵は大潮。 今年は稀代の六花が集結したという。 何せ6人中6人が、揃いも揃って男娼婦。 送り込まれる鷹の数も、同じく6羽。 一晩100億は下らないと云われるΩ娼婦を、遥々遠来したαの男がたった一晩で落として番う。 個性豊かな花を狩り取る鷹もまた、個性溢れる面々のよう。 早速、雲雀野の地に、鷹と呼ばれる6人の男が集った。 彼らは今日この大潮の日の為に、大枚を叩き、六花を落とす権利を得た特別な6人だ。 ぴしゃりとスーツを着こなす者、赤のワンピースを着る者、兎の着ぐるみに身を包む者、個性際立つ形で一行が目指すは六花城。 鷹は、オークションで権利を落札して以降、権利に付随した高層マンション型のシェアハウスに入居する事が義務付けられている。 目的は3つ。 1、権利無効・失効防止の為 2、監視・管理の為 3、六花と番になった場合に生じるΩ保護義務厳守の補助の為 故に、彼らは昨年行われたオークション以降、同じ屋根の下で暮らす顔馴染みである。 とは言え、1人に与えられるのはワンフロア。住居スペースは完全に切り離されており、より親しい者もいれば顔見知り程度の仲の者もいる。 それでも、同じ時刻同じ場所から同じ飛行機に乗り、同じリムジンで雲雀野までやって来た。 「七宝屋、小春初潮──!」 「鷹の屋形船だ──、初めて見た」 「鷹ァ!頑張れやァ──!」 街の喧騒を他所に、黄金川を上る屋形船の中で談笑を楽しむ余裕さえ見せる。 凡そ半日掛かりで六花城へと辿り着いた6人は、大きく口を開いた正門、続いて玄関を潜る。 六花城の1階部分は、一流ホテル宛らのラウンジが広がっており、煌びやかな内装にソファとテーブル、見立てのいい掛け軸まで飾られ、それら全てを引き立てる様に間接照明が設置されていた。 「おぉ──さすがは六花城、すんげぇな」 「あらア!まア何て事かしら、すぅンごい素敵じゃなァい!」 「それじゃ、ここからは別行動で。それぞれちゃんと連れて帰って来る事」 「そうですね。明日の朝、倍の人数になって、此処でまた落ち合いましょう」 「───、zzz」 「おい、起きろ。皆行くんだって」 奥に並ぶ6機の昇降機の扉には金色で六花の装飾が施されていた。 事前に配布された黒色のICカードにも同じ様に花の絵が金色で刻まれており、手元のカードと同一の花の柄の前に4人が立ち並ぶ。 遅れて優に2メートルを越すであろう兎の着ぐるみが引っ張られて6機目へと無理矢理配置され、最後に5機目の前が埋まると、計算されたかのように口を開いた昇降機が各々を迎え入れた。 Ωが勝つか、αが勝つか────。 今宵こそはと意気込む心は双方同じ。 形勢逆転、はたまた相撃ち──? しかし、この世はα一強。 今宵も必ず鷹が勝つ。 ────(Ω)()らわば(その血)まで。

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