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【鳥兜の間】4

「すっかり冷えたね。温まっておいで、紅子ちゃん」 「……そうねェ、アンタも湯冷めするし。風邪なんて引かれたら、いつ家に帰ってくるやら分かったもんじゃないしねェ」 風呂を促しながらも、武蔵は紅子を抱くのを止めない。紅子の方も腰が重い。 「っへぶし、」 「そういうの良いから」 紅子がふふ、と笑うと武蔵もへらりとだらしなく笑って見せた。 武蔵のくしゃみは照れ隠し。紅子がはっきりと家に連れ帰る意思を見せるものだから、返す言葉が見つからなかったのだ。 真偽を確かめる為に、聞き返すのは場違いで、とんでもなく野暮な事の様に思えた。 初対面の筈なのに、なぜかすっかり息が合う。居心地が良く、どこまでも際限なく甘えたくなる。 ほんの一時、離れるのさえ後ろ髪を引かれる思い。 「武蔵」 「ん、──……っあ、」 武蔵の頬に伸びる紅子の指が、肌を滑った。 色を含んだ物欲しげな眼差しがすっと伏せられた後で、軽く窄められた口唇が迫り来る。 少しだけ腕の力を緩めて接吻を待つ武蔵に対して、直前で目を開けた紅子は音も立てずに意地悪くはにかんで、その腕を抜け出した。 やられたなぁ、と呟く武蔵の声を背後に、紅子は赤いドレスをはためかせ、早足に座敷に入る。 そのまま真っ直ぐ行けば浴室だ。 軽く10人は寝れるであろうスペースに、敷き詰められた布団を踏んで、紅子は直進する。 行儀が悪いと言われようとも、上段の間びっしりに敷き詰められているのだから仕方ない。 そうして振り返る事なく、紅子は浴室に逃げ込んだ。 ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間で、まるで乙女のように頬が火照って、とくとくと踊る心臓が跳ねて弾んで落ち着かない。 そんな紅子の目の前に、まずは脱衣所が広がって、その先に温泉旅館も顔負けの大浴場が広がった。 「とんッでもない、おもてなしね───、」 脱衣所の隅には、先に送っておいた黒と白のドレスが2着、シンプルな作りのハンガーラックに下がっていた。 その下には籠があり、タオルも下着も用意してある。 羽織を脱ぎ捨てラックに放り、ドレスのサイドホックを外してファスナーを下げる。 脱ぎ去ったお気に入りのハイブランドのドレスは容赦なくゴミ箱行きだ。 履いていた女性ものの下着と共に丸めて、躊躇なくゴミ箱に投げ遣った。 ・ ・ ・ ・ ・ すっかり大浴場を堪能した紅子が、女物の浴衣に身を包み、羽織を肩に引っ掛けて座敷に戻ったのは凡そ1時間後。 クリップで簡単に留め上げただけの髪は未だ微かに湿った儘で、乾かす時間を惜しんだ事が垣間見れた。 武蔵は上段の間のド真ん中を陣取って、大の字に寝転んでいた。 紅子が近寄っても、すうすう寝息を立てて眠っている。 側にしゃがみ込んだ紅子は、暫し美麗な寝顔を眺めた。 つん、と頬をつついたのは気まぐれだったが、起きる素振りを見せない武蔵。 逞しい腕を枕に頭を預けてすり寄ると、寝返りを打つように武蔵は紅子を抱き締めた。 「いつから起きてたのかしらァ、?」 「ずっと」 「悪い子には───?」 「お仕置きのキス」 「馬ッ鹿じゃないの」 言葉とは裏腹に怒気一つ含まず、それどころか甘さを含んだ悪態を吐き、紅子は武蔵の首元に顔を埋めた。 ほんのりとイランイランの香りが鼻孔を擽る。 化粧を落とした紅子の顔は、中性的だが男が強い。 決して、すっぴんを見せるのに抵抗がなかった訳じゃない。 乱れてよれた化粧を晒すくらいなら、素顔を晒した方がマシ、と消去法ですっぴんを選んだまでだ。 それに武蔵なら、素顔の儘でも「紅子ちゃん」と呼んでくれる、不思議なまでの確たる自信と信頼があったのも、理由の一つ。 それでも、すぐに見せる度胸がなくて、武蔵の首元に擦り寄った。 「アンタ、イイ匂いよね」 「紅子ちゃんだって」 「へぇ、──どんな?」 「──……バラかなぁ」 紅子の指が手探りに武蔵の顎に触れ、骨を辿った先で柔らかな耳朶を弄ぶ。 縁を滑り、広い軟骨の感触を堪能し、耳輪を抓む。 耳裏を通って後頭部に行き着いた指が、緩く髪を掴むように頭皮を揉んだ。 「それ好き、もっと」 「犬みたい」 「どんな?」 「大型犬。そうねェ、シェパードかしら」 「名前は?」 「ジョン」 二人揃ってくすくす笑う。 そこは武蔵じゃないのか、だとか。ジョンってどっから出てきたんだ、だとか。 野暮な事は武蔵は聞かない。 頭を撫で続けながら、剃毛された上にケアを怠らない、滑らかな肌質の紅子の足が武蔵の足に絡み付く。 内くるぶしで脹脛を擦り上げて、太腿の間を膝で割る。 武蔵は手を伸ばして、行儀が悪い紅子の足──これまたすべすべの太腿を撫で上げた。 肌蹴た浴衣の中を弄り、浴衣の下の臀部を撫でる。 「穿いてない……──、紅子ちゃんのエッチ」 「お仕置きでもする?」 「姫はお仕置きプレイがお好みで?」 尻を弄る手を滑らせて、火照った腰を撫でると紅子の熱い舌が首を這う。 「いいえ、折角なら甘々で」 温度の高い吐息が武蔵の耳を擽った。 もう居ても立ってもいられなくなった武蔵が首を持ち上げようとした時、ズキンと思い出したように傷が痛んだ。 身じろいだのを紅子が見逃す筈もなく、ぐっと肩を押し遣られてあっという間に武蔵は仰向けに縫い付けられる。 そして、武蔵の体に覆い被さった紅子が鋭く言い放つ。 「無茶したら、傷が開くわよ」 「ずるいなぁ、」 形勢逆転。 紅子が髪を留めていたクリップを外して放る。 首を振って束になった髪を振り解き、鼻先同士が触れるぎりぎりまで顔を寄せて。 素顔を晒した紅子は笑った。 「アタシだァッて、男なんだからァ───」 「今まで見た中で、一番綺麗な顔してる」 じんわりと目頭が熱くなるのを気のせいにして、紅子は武蔵の厚い唇に噛み付いた。  

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