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第1話 見えない鎖 <罠> 1~ Side S
残業後のぎゅうぎゅうの車内。
痴漢と間違われたくない俺は、両手で1つのつり革を掴む。
両手の親指にビジネスバックの持ち手を引っかける。
明るい車内の光を反射するガラスに、自分の姿が映る。
いかにも疲れたサラリーマン。
また、こめかみの白髪が、気になりだした。
まめに染めないと、こいつらは、一気に増殖する。
41歳…、世間では、おっさんと呼ばれる年齢だ。
木曜日だと言うのに、そこらじゅうから漂ってくるのは、酔っぱらいの酒の臭い。
ふと、ガラスの上を滑らせた視線に、隣のオヤジの姿が映る。
酒で赤くなった頬に、頭頂部だけなくなった髪、ぽってりと出っ張るお腹……。
禿げてないし、腰回りも締まっている分、隣のオヤジよりは、マシか。
そんな低レベルな比較をして、自分を慰める。
銀色のリムフレーム眼鏡をかけた俺の第一印象は、知的でクールな人。
でも、実際の俺は、要領が悪く、残業にならない日は、ほとんどない。
その上、頼まれると嫌だと言えない性格で、余計な仕事が次から次へと入ってくる。
今日も結局、後輩の尻拭いに、昼間の大半の時間を費やしてしまった。
毎日の残業に、余りにも疲れた俺は、鞄に額を預け、うとうととした微睡みの中に埋まる。
するっ……と、尻に指が這う感覚に、息を飲んだ。
寝惚けていた意識に、吸い込む息が、ひゅっと音を立てた。
……また、来やがった。
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