90 / 90
第90話 ちぎりたい鎖 <説教> 15~ Side S
飽きて捨てたはずの俺を守るために、飛んできた。
捨て置いた者であっても、多少の情があるから、守ったくれたのであろうと考えた。
俺を焦れさせるために……、俺の気持ちを確認したくて、取った距離。
俺は、試されていたらしい。
好きだと思っても、言葉にも態度にも表さなかった俺の落ち度。
抹樹は不安になり、俺を試したんだ。
「卒業して欲しいのは、弟の胤樹で、白根さんじゃないです。僕、白根さん居ないと生きてけないです……僕は、白根さんと別れる気、ないです。飽きもしないし、手放す気もないです……」
中途半端に盗み聞いたせいで、生まれた誤解。
そのせいで、負わなくてもいい傷が、心を抉った。
飽きてなどいるわけがないし、逃がす気など毛頭ないというように、強く抱き竦められる。
「好きです…………。傍に…居てください。放したく…、ない、です。お願い…………」
肩に埋まる抹樹の顔。
少しだけ震える感触。
声さえも、小さな震えを纏っていた。
俺の反応を見るのが怖いというように、抹樹は肩から顔を上げない。
ただ、逃がすまいとするように、強く強く俺を抱く。
ベンチの上に放っていた両手を持ち上げた。
そっと柔らかく抹樹の腰に腕を回した。
「どうしても別れるって言うんなら…リベンジポルノしますけど…、いいですか?」
数秒前のしおらしさが、強がりの仮面を被る。
「そんなこと、する気もないんだろ……」
呆れ放った言葉に、ぐっと身体を起こした抹樹が、俺を見下ろす。
「わかんないですよ? やっちゃかもしれませんよ?」
見下すような表情を浮かべるその顔は、必死に繕ってはいるものの、縋るような色を纏う。
「馬鹿だな…、お前」
涙など流れていないその頬を親指で拭う。
俺の目には、行かないでと泣く子供のように見えていた。
俺は、抹樹の耳に唇を近づけた。
「居てやるよ。お前の隣に」
ふっと嘲るような声が、零れた。
居てやるんじゃなくて。
居て欲しい…、だけど。
俺の矜持など容易 く折れる。
もう、縋りついたりしないと心に誓っていたのに、俺の居場所はここにしかなくて。
抹樹の顔が見れなくて、頬を拭った手を回し、ぐっとその頭を肩口へと引き寄せた。
お前が望んでいるから。
隣に居て欲しいと願っているから。
お前のせいにして、この場に縋りつく。
「好きだから、一緒に居る…。お前の傍に、居てやるよ」
主従関係のようだった抹樹と俺の立ち位置。
やっと、同じ位置に…、対等になれた気がした。
「……好き?」
俺に抱きつかれながら、不安げに紡がれる抹樹の声。
「ぁあ、好きだよ。お前が好きだ」
言葉にした気持ちに、恥ずかしくなる。
耳が熱い。
赤く染まる耳に、抹樹の唇が触れた。
「嬉しいです。……僕と付き合ってくれますよね? 恋人になって…?」
どんなに強気な言葉を放とうと、心の底では願っている。
お願いだから、俺をここに居させてください、と。
この心地いい空間から、お前の心から、俺を弾き出さないで、と。
「恋人だろ。お前は、俺の彼氏だろ」
俺は、繋がれたこの見えない鎖を千切りたいんじゃなくて、…契りたいんだ。
兄弟のような血の繋がりのない俺たちの間には、なんの確約もなくて。
責任だけで一緒に居るなどと思って欲しいわけじゃなくて。
この先もずっとお前と共に居ることを、俺は繋がれてしまったこの鎖に契るんだ。
見えなくても、触れられなくても、契った想いに恥じたくない。
白は黒く。
黒は白く。
互いに染め合い、混ざり合う。
その色はどちらでもない灰色に染まっていく。
【 E N D 】
ともだちにシェアしよう!