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第90話 ちぎりたい鎖 <説教> 15~ Side S

 飽きて捨てたはずの俺を守るために、飛んできた。  捨て置いた者であっても、多少の情があるから、守ったくれたのであろうと考えた。  俺を焦れさせるために……、俺の気持ちを確認したくて、取った距離。  俺は、試されていたらしい。  好きだと思っても、言葉にも態度にも表さなかった俺の落ち度。  抹樹は不安になり、俺を試したんだ。 「卒業して欲しいのは、弟の胤樹で、白根さんじゃないです。僕、白根さん居ないと生きてけないです……僕は、白根さんと別れる気、ないです。飽きもしないし、手放す気もないです……」  中途半端に盗み聞いたせいで、生まれた誤解。  そのせいで、負わなくてもいい傷が、心を抉った。  飽きてなどいるわけがないし、逃がす気など毛頭ないというように、強く抱き竦められる。 「好きです…………。傍に…居てください。放したく…、ない、です。お願い…………」  肩に埋まる抹樹の顔。  少しだけ震える感触。  声さえも、小さな震えを纏っていた。  俺の反応を見るのが怖いというように、抹樹は肩から顔を上げない。  ただ、逃がすまいとするように、強く強く俺を抱く。  ベンチの上に放っていた両手を持ち上げた。  そっと柔らかく抹樹の腰に腕を回した。 「どうしても別れるって言うんなら…リベンジポルノしますけど…、いいですか?」  数秒前のしおらしさが、強がりの仮面を被る。 「そんなこと、する気もないんだろ……」  呆れ放った言葉に、ぐっと身体を起こした抹樹が、俺を見下ろす。 「わかんないですよ? やっちゃかもしれませんよ?」  見下すような表情を浮かべるその顔は、必死に繕ってはいるものの、縋るような色を纏う。 「馬鹿だな…、お前」  涙など流れていないその頬を親指で拭う。  俺の目には、行かないでと泣く子供のように見えていた。  俺は、抹樹の耳に唇を近づけた。 「居てやるよ。お前の隣に」  ふっと嘲るような声が、零れた。  居てやるんじゃなくて。  居て欲しい…、だけど。  俺の矜持など容易(たやす)く折れる。  もう、縋りついたりしないと心に誓っていたのに、俺の居場所はここにしかなくて。  抹樹の顔が見れなくて、頬を拭った手を回し、ぐっとその頭を肩口へと引き寄せた。  お前が望んでいるから。  隣に居て欲しいと願っているから。  お前のせいにして、この場に縋りつく。 「好きだから、一緒に居る…。お前の傍に、居てやるよ」  主従関係のようだった抹樹と俺の立ち位置。  やっと、同じ位置に…、対等になれた気がした。 「……好き?」  俺に抱きつかれながら、不安げに紡がれる抹樹の声。 「ぁあ、好きだよ。お前が好きだ」  言葉にした気持ちに、恥ずかしくなる。  耳が熱い。  赤く染まる耳に、抹樹の唇が触れた。 「嬉しいです。……僕と付き合ってくれますよね? 恋人になって…?」  どんなに強気な言葉を放とうと、心の底では願っている。  お願いだから、俺をここに居させてください、と。  この心地いい空間から、お前の心から、俺を弾き出さないで、と。 「恋人だろ。お前は、俺の彼氏だろ」  俺は、繋がれたこの見えない鎖を千切りたいんじゃなくて、…契りたいんだ。  兄弟のような血の繋がりのない俺たちの間には、なんの確約もなくて。  責任だけで一緒に居るなどと思って欲しいわけじゃなくて。  この先もずっとお前と共に居ることを、俺は繋がれてしまったこの鎖に契るんだ。  見えなくても、触れられなくても、契った想いに恥じたくない。  白は黒く。  黒は白く。  互いに染め合い、混ざり合う。  その色はどちらでもない灰色に染まっていく。 【 E N D 】

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