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線香花火(1) 『セルリアンブルー』より
朱の珠をなした線香花火が、闇夜にちらちらと小さく輝く。
少し離れたところには、水の張ったバケツと、まだ火の点いていない花火が何本か。それと使い古された感のあるジッポー。
シンプルな浴衣を着て座り込み、尚弥 はぼぉっと線香花火を見つめていたが、ふとその朱から目を逸らし、中空を見上げた。
遠くで鳴る、打ち上げ花火。
雷鳴にも似た破裂音。心臓を震わす鳴動。
風があまりないのか、少し煙で花火がくすんで見える。本当はそちらをメインに鑑賞し、いつでも出来る線香花火など後回しにすれば良いのだろうが、なんとなく少し前から自宅の庭に出て、ひとりでこんなことをしている。
今年の春に社会人になって、採用された会社で黙々と与えられた仕事をする。勿論それに不満があるわけではなく、むしろ大好きな先輩がいたりして、出社するのは楽しかった。……そのはずだった。
思わず尚弥の口から、重たいため息が漏れる。線香花火の珠が地面に落ちたのに気付き、それをバケツの中に突っ込むと、浴衣の袖のところに入れておいた煙草の箱を取り出し、ジッポーを拾い上げて火を点けた。
吸い慣れた銘柄のはずなのに、今夜は何故かやけにまずく感じられた。それでも揉み消すことはせず、ただぼんやりと紫煙を吐く。
「尚弥」
家の方から声がした。煙草をくわえたまま振り向くと、長兄の尚生 が一階のリビングのガラス戸を開け、こちらを見ていた。
「スイカ、切った。食べるだろう」
「……いらない」
力なく言った弟に、尚生は少しの間黙ってから、サンダルを履いて庭に出てきた。
「出かけるんじゃなかったのか」
「うん……そう……だったんだけど、キャンセル」
本当は、打ち上げ花火を見る為に、浴衣を着たはずだった。友人何人かと、約束していた。けれども直前になって、尚弥はやっぱり行かないと断りの電話を入れていた。
皆で騒いだりすればまた、気持ちも変わったのだろう。そうも思う。
それでもやはり、気が乗らなかった。
尚生は尚弥の隣に同じようにしゃがみこみ、まだ残っている花火を手に取る。尚弥が握っていたジッポーを指で示し、貸すように目で促した。尚弥も無言でそれを渡す。
「こういう子供騙しの花火もたまにはいいな」
「子供騙しって」
「俺の知り合いに花火師がいる。一度すぐ傍で打ち上げるのを、見せてもらったことがある。……それと比べると、どうしても子供騙しに見える」
尚生は静かに言って、派手な巻紙の花火に着火した。線香花火とはまた違う、華やかな火花が薄闇を彩った。
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