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射的屋と金魚すくい

 射的屋で毎年夏祭りに出る俺の、隣のスペースにいる金魚すくい。少しくたびれた感じの、あきらかに年上のおっさんに、実のところ俺は気がある。程よく枯れた雰囲気が、血気盛んな俺の心を癒すのだ。  金魚の水槽のそばに座り、穏やかに子供の相手をする姿は幼い頃死んだ親父を思い起こす。こんな表現をすると誤解されそうだが、別に俺は父親っ子というわけではなかった。ただ、毎年バッティングするうちに、金魚のおっさんの存在が俺の心に楔を穿ち、荒ぶる気持ちを撫で付けてくれたのは確かだった。 「おじちゃん、金魚…」  射的屋に来た客の相手をしながらも、たまに隣に意識を向けていたら、おっさんは子供に網で和金を掬ってやっていた。ありがとうと言われて微笑む横顔に、ふと理性を持っていかれそうになる。  俺はあんたの金魚になりたい。  ぐつぐつと滾る感情の沼から、掬って欲しいのだ。罪深い何かを抱えたこの俺を、その穏やかな空気で宥めてくれはしないだろうか。  けれどとうとう口には出せなかった。視線に気づかれそうになり、俺はすぐに顔を逸らす。射的屋の仕事をほったらかすわけにもいかない。  ぽこん、と銃から出たコルク玉が景品に当たって倒れた。それをカップルの片方に手渡し、俺は金魚のおっさんから意識を無理矢理外す。  来年も会えるだろうか。  再来年も会えるだろうか。  けれど会えたとしても、それは夏祭りの一時、的屋の隣同士というだけの浅い関係。  俺はそんなぬるい関係で満足する男だったろうか。意外と臆病な自分自身に苛立ち、銃にコルク玉を詰めると、地面にぽこんと打ち付けた。

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