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金魚すくいと射的屋

 毎年この季節になると開催されるイベント。真夏の夜の夢のような、一瞬で過ぎ去ってしまう祭り。  俺は例年どおり裏通りの一角で金魚すくいの店を出す。そしてそのすぐ隣に陣取るのが、射的屋のあいつだった。  名前も知らないその男の姿を、俺は祭りの時だけ間近で見られる。はちきれんばかりの若い肉体がシャツの上からでもよくわかるいい男だ。頭に巻いた真っ赤なバンダナが似合っている。  金魚の水槽の片隅で、はしゃぐ子供相手に座っているしょぼくれた俺のことなど、おそらく気にも留めないだろう。  俺たちが意味のある会話を交わすことなんて、この先あるのだろうか。そう思っていたら、射的屋がちらりとこちらを見た気がした。 「おじちゃん、金魚…」  ポイが使い物にならなくなった子供に声を掛けられた。金魚の入っていないお椀が寂しげだ。和金を一匹、水の入った袋に入れて渡してやる。 「ありがと!」  嬉しそうに金魚を持ってゆく子供の後姿を見送っていたら、また視線を感じた。その先を横目でそっと追うと、射的屋が顔を逸らした。  俺を見ていたのか…と心が少し浮き立つ。しかしその後何事もなかったように客を相手にしている射的屋とは、結局何も言葉を交わさなかった。  祭りが終わりを告げる。来年もまたここで会えるだろうか。去年もそんな想いを抱き、同じ場所で同じように金魚すくいの店を出した。  けれどもし会えなかったら? そう思っても声を掛けることは出来なかった。片恋が金魚すくいのポイのように破れてしまうのを恐れる俺は、とんだ愚図野郎だ。

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