2 / 2
バレンタイン騒動
2月14日。
世の中の男はこの日、淡い期待を持って登校、あるいは出勤する。
柾は、このバレンタインデーが大嫌いだった。
チョコが貰えないからではない。
凶悪な顔と言われる割に、意外とチョコレートは貰っている。
バレンタインデーが嫌いな理由はそれではない。
チョコレートは自分で食べなくても、皓や俊樹が食べてくれるので問題ない。
問題は、いつも“顔が気に入らない”という理由で喧嘩を仕掛けて来る連中が、この日はいつもの倍以上の数に上るからだ。
柾はその理由を“顔の割にモテるのが気に入らない”せいだと思っている。
半分正解である。
2月に突入したある日。
大抵の男は段々とそわそわしてくるのだが、柾は日に日に憂鬱になっていった。
今年のバレンタインデーは金曜日。
大体、バレンタインデーが休みじゃないのがいけないんだ、と思う。
日曜日とか、祝日祭日だったなら1日ずっと家で過ごせば問題ないのだ。
しかし、アメリカと違い日本のバレンタインデーはお菓子会社が仕組んだ戦略による行事であり、残念ながらそれは国民の休日にはなり得ない。
「おはよー柾。今日は寒いね~」
教室に入ると、俊樹が近付いて来た。
そして柾の前の席に着いて、にやにやと柾を見る。
「⋯⋯何だよ」
「もうすぐバレンタインデーだね~」
柾の睨みに少しも怯まず、俊樹は相変わらずにやにやして訊いた。
「⋯⋯何が言いたいんだ?」
「今年は何個貰うのかな~って思うのと、何人に喧嘩吹っかけられるかのな~って思って」
にやにやしながらそう言う俊樹は心底楽しそうだ。
「あのなあ」
柾は疲れたようにため息をつく。
大体、俊樹はいつもからかってくるのだ。
「けどさ、喧嘩で怪我でもしたらファンの子が悲しむからなるべく避けた方がいいよ」
俊樹は楽しそうにそう言って笑う。
「何だよそのファンって」
柾は眉をしかめた。
「柾ってさ、自分の顔、まともに見た事ないの?」
それを訊いた俊樹は呆れた顔で訊く。
「ないな。鏡は毎日見てるけど視力悪いからぼやけて見えるんだよな」
「マジ!?よくそれで授業受けられるね⋯⋯」
柾の返答に、俊樹は大袈裟に目を丸くした。
見かけに寄らず真面目な柾は、授業をさぼった事はない。
それでもこれだけ視力が悪ければ支障を来たす筈なのだが、そういう感じはなかった。
「ていうか俺のファンって何なんだよ?」
「だからぁ、柾って目つきは悪いけど顔は滅茶苦茶カッコイイって事、わかってないんだなーって思ってさ」
「はあっ?俺の顔って凶悪なんじゃねーのか?」
今度は柾が目を丸くする。
実際まともに自分の顔を見た事がない柾は、いつも俊樹に言われるせいもあり本当に自分の顔は凶悪だと思っている。
皓はいつも柾の事をクール系イケメンと言ってくれるが、それは恋人の欲目だろうも思っていた。
「だからあ、なまじカッコイイ顔してるから、そのすごい目つきで睨まれるとめちゃめちゃ迫力あって凶悪に見えるんだよ」
俊樹は苦笑しながら言う。
柾は複雑な顔で考え込んだ。
すごい目つきで誰かを睨んだりした記憶はない。
目つきが悪いのは視力が悪いせいだ。
つまり、喧嘩を売られる原因は、視力の悪さからくる目つきの悪さのせいだという事になる。
「だからさ、眼鏡かけた方がいいよ。嫌ならコンタクトとかさ」
「お袋にも言われてんだよな。コンタクトにしようかな⋯⋯」
「へえ、柾ついにコンタクト作るの?」
つぶやく柾の背後で声がした。
振り向かなくてもそれが誰かはすぐに判る。
幼なじみでもあり、恋人でもある皓。
「あ、皓おはよー」
俊樹がにっこり笑って挨拶をした。
「おはよう俊樹。で、柾ほんとにコンタクト作るの?」
皓はにっこりと笑みを浮かべて柾を見る。
「今日帰ったらお袋に相談する」
柾は憮然とした顔で答えた。
「あ、そう。じゃ、俺が色々とカタログ持って行ってあげるよ。柾ならグレーのカラコンとかも似合いそうだよねー」
相変わらずにこにこと愛想良く笑ってそう言うと、皓は自分の席に戻って行った。
皓もコンタクトをしているので、資料やカタログを持っているのだろう。
「はぁ⋯⋯」
皓が席に戻るのを見送って、柾は大きなため息をつく。
俊樹はその様子を、やはり楽しそうに見ていた。
そして皓がただカタログを持って来ただけで終わる筈もなく。
もれなく柾は皓に美味しく頂かれたのだった。
数日後、柾は眼科を受診しコンタクトレンズを作ってもらう事になり。
出来上がったコンタクトレンズを初めて装着して登校したのがバレンタインデー当日だった。
学校に着いてからというもの、やけに周囲の視線が気になる。
今までずっとぼやけていた視界がクリアになったせいでそう感じるだけなのだろうか。
教室に着くと、既に来ていた俊樹が柾の顔を見て口笛を吹いた。
「柾、別人だよ~」
俊樹は嬉しそうに笑みを浮かべて側に来る。
「そうか?」
「ほんと別人。だって昨日まではいっつも眉間にしわ寄せてさ、目つきもすごい悪かったもん」
「自分ではわかんないわ。そんなに目つき悪かったのか⋯⋯」
柾は俊樹の反応に驚いた。
今までそれほど意識した事はなかったのだが、俊樹の言う通り、1メートル以上先を見る時は眉間にしわを寄せて目を凝らしていた。
しかしその時の目つきが“凶悪”と言われるほど悪いとは思ってもみなかったのだ。
「もっと早くコンタクトにしてれば今日のチョコの数も相当増えたのにね~」
俊樹は残念そうに言う。
柾はそれを睨んでため息をついた。
「あのなあ、俺はチョコが嫌いなんだよ。嫌いな物を貰う俺の身にもなってみろ」
「へえ?柾チョコ嫌いだったの?」
ため息をつきながら言う柾を見て、俊樹は目を丸くした。
「甘い物は基本的に嫌いだ」
「へー。初耳」
「今日はとっとと帰ろう⋯⋯」
柾は疲れたようにうつろな眼差しでつぶやく。
下駄箱に机の中にロッカーに、いたる所に可愛らしい包装の箱が置いてあった。
それら全て柾へのチョコレートだ。
直接渡してくる女子生徒は少なかったが、チョコの数は去年よりも多かった。
チョコ以外の物をくれる生徒も少しいたが、大半はチョコだ。
柾は甘いものが嫌いなので、チョコレートも嫌いなのだ。
このチョコの処分を考えるだけでも憂鬱になってしまう。
そして、憂鬱なのはそれだけではない。
帰り道は喧嘩を吹っかけてくる奴らが待ち伏せしてるんだろうと思った。
しかし今日はコンタクトレンズのお陰で、いつもどんな奴が吹っかけてくるのか顔を見る事ができる。
柾にとってコンタクトレンズを装着する事のメリットはこの程度だった。
それ以外ではデメリットの方が多いような気がする。
そして帰り道。
俊樹、皓と3人で歩いていると。
前方から数人の高校生が歩いて来た。
柾達の行く手を塞ぐように並んで立ち止まる。
「何か用かよ?」
喧嘩だろうと思いながら、柾はいつも通り彼らに訊いた。
「二ノ宮の維摩だよな⋯⋯?」
「そうだけど、あんたら誰?」
目を丸くして確かめてくるそいつに、柾は疲れたように訊き返す。
「いつも喧嘩してる俺らを忘れんなよ」
そいつは呆れたように柾を見た。
「あ、俺の顔が気に入らないっていっつも吹っかけて来るの、あんたらなの?初めてまともに顔見たよ」
柾は少し感動したようにそいつの顔を見つめる。
今まではぼやけて見えていたので、覚えられるほど人相をはっきり見た事がなかったのだ。
「初対面じゃねーだろ」
「いや、視力悪くてさ、まともに顔見れなかったんだよな。でもコンタクト入れたおかげではっきり見えるぜ。今まで喧嘩してたお前らの顔がさ」
柾は皮肉げな笑みを浮かべて、立ち塞がっている面々を見渡した。
「は?もしかしてお前の目つき悪いのって、俺らにガン飛ばしてる訳じゃなくて、単に視力が悪かったからなのか?」
そいつは信じられないといった顔で柾を見つめる。
柾は疲れたようにため息をついた。
今まで喧嘩を吹っかけられていた理由が、自分の目つきの悪さのせいだったと証明されたからだ。
「あー、それでやたらと喧嘩売られてたんだ」
皓が納得した顔でうなずく。
「俺ら、すげー誤解してたんじゃん。いつもお前がガン飛ばしてくるのにシカトするから適当に理由つけて喧嘩売ってたんだぜ」
そいつはまだ信じられないと言った顔で仲間と顔を見合わせる。
「そんな理由で喧嘩売って来てたのかよ。でもまあ、誤解が解けて良かったな。ならもう喧嘩売ってくんなよ?」
柾は少々不機嫌な顔でそいつを見た。
「俺ら、すっげーやられ損してたんじゃん」
そいつは脱力した顔で肩を落とす。
それを見た俊樹が笑った。
いくら喧嘩を売って来ても、柾が負けた事はないのだ。
「まあ、誤解が解けて良かったんじゃない?」
「あ、そうだ。俺、落合和彦(おちあいかずひこ)ってんだ。これも何かの縁って事でよろしく」
そいつは自己紹介すると、柾に手を差し出した。
「あ、ああ」
一体どんな縁なんだよと思いながら、柾もそれに応じる。
「超かっけー⋯⋯」
つぶやく声がしてそちらを見ると、和彦の隣りに立っている仲間が、柾をぼーっとした顔で見つめていた。
学年章を見るにどうやら1年生のようだ。
皓と俊樹が苦笑する。
柾は怪訝そうな顔でそいつを見ていた。
「まあいいや、帰ろう」
しばらく首を傾げた後、柾は彼らの脇をすり抜けて歩き出した。
皓と俊樹もそれに続く。
「あ、あのっ」
柾を見つめていた和彦の仲間が柾を呼びとめた。
「まだ何か用か?」
柾は立ち止まってそいつを振り向く。
「えーっと、惚れました!俺と付き合ってくださいっ」
「はあっ!?」
いきなりの告白に、柾は目を丸くしてそいつを見つめた。
かなり真面目に言っているらしいが、和彦や他の仲間も驚いてぽかんとしている。
「あのな、俺もお前も男。アンダースタン?」
「そんなの関係ないっす!惚れちゃったもんは仕方ないですっ」
そいつはぶんぶんと首を振った。
「ていうか、俺も惚れたぞ」
我に返った和彦が言う。
柾は混乱した。
「何でいきなりこういう展開になるんだよっ!?お前ら変だぞ!?寒い冗談よせって」
「冗談じゃないって。だってお前、文句なしにカッコイイもん」
和彦は事もなげに言う。
「いや、それが寒いんだって」
柾は思いきり脱力してその場にしゃがみ込んだ。
俊樹が心底楽しそうにそれを見ている。
皓は心なしか顔が引きつっているようだ。
そして。
「悪いけど、柾は俺のモノだから諦めてね?」
皓はにっこり笑って、とんでもない事を言って和彦達を見た。
「はあっ!?皓、それも寒いって!」
思いがけない皓の言葉に、柾は顔をあげる。
すると和彦が柾の顔を見て赤くなった。
「うわ。お前って焦ってる時の顔、すげー可愛いぞ」
「ぞくっときました!押し倒したいっす!」
「あのなあ⋯⋯」
柾はがくりとうなだれた。
何がどうなってこんな事になってしまったのか。
考えるだけで目眩がしそうだった。
こんな展開になるくらいなら喧嘩を売られていた方がずっとましだったような気がする。
そもそも自分がコンタクトレンズにしたりしなければこんなとんでもない展開になる事はなかったのだ。
自分の選択の失敗を恨んでしまう。
「だから柾は俺のモノだから。でもまあ、奪うつもりなら喧嘩には応じるからね?」
皓はにっこり笑って和彦たちを見据える。
綺麗な顔も迫力があるもので、和彦たちは皓の笑顔に怯んだようだ。
「さ、柾、帰るよ」
そしてまだしゃがみ込んでいる柾を立たせると、皓はさっさと歩き始めた。
「ていうか何で俺がお前のモノなんだよ⋯⋯」
柾はぶつぶつと文句を言いながら皓を睨む。
皓は全く意に介さず、にこやかに笑みを浮かべていた。
俊樹は他人事なせいもあり、本当に楽しそうにしている。
「諦めないからなーっ」
「諦めないっすー!」
背後で叫ぶ声がしたが、柾は振り返る気力もなかった。
「あいつら寒すぎ。ていうかあいつ、名前も言わねーで⋯⋯」
「確かに名前言わなかったね。あの1年生らしい奴」
「ま、別に柾が知る必要もないけどね」
皓はくすりと笑う。
「俺、明日からコンタクトやめようかな⋯⋯」
「「ダメ」」
柾のつぶやきに、皓と俊樹が同時に言葉を発した。
「何でだよ」
柾は恨めしそうに2人を睨む。
「だって、コンタクトしてる方が楽しい展開が多そうだし~」
俊樹はしれっとした顔でそう言ってのけた。
「目つきの悪い柾よりは、カッコイイ柾を見てる方がいいからね」
皓はにっこり笑ってそう言う。
俺ってこいつらに遊ばれてるよ⋯⋯。
柾はそう思って、魂が抜けるほど大きなため息をついたのだった。
その日の夜。
「や、皓、も、イキそ⋯⋯っ」
「ん、俺もそろそろイく⋯⋯一緒にイこ」
密かに用意していたチョコを皓に渡したら、感激した皓にベッドに押し倒されていた。
皓に慣らされた体は中だけで達する事も覚えてしまい、柾はいつも皓に翻弄されて終わる。
「柾のナカ、熱くて狭くて俺の事ギュってしてる」
「恥ずかしい事言うな⋯⋯あっ、あっ」
一度達しても直ぐに硬さを取り戻した皓のものが、柾の中でまた大きくなる。
それを感じて、思わず締め付けてしまうと皓に軽く睨まれた。
直ぐにお返しとばかりに激しく奥を突かれ、今度は白濁を吐き出してしまう。
「あっ、あっ、も、イった、からぁっ」
「俺がイくまで頑張って」
柾が悶えても皓はお構い無しに腰を打ち付けてくる。
再び柾が中だけで達した頃、皓もようやく熱を吐き出した。
バレンタインデーの夜は、皓に抱き潰されて終わった。
それから数週間後。
喧嘩は売られなくなったものの、やたらと男にモテるようになってしまった柾の姿があった。
正華女子高校では柾のファンクラブはもちろん作られていたが、和彦の通う高校では男子の間でも何故か柾のファンクラブが作られている事を、柾はまだ知らない。
この事を柾が知ったら凍死するかもね、と皓や俊樹は思ったのだった。
終。
ともだちにシェアしよう!