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1 校則だから
「せーんぱい。ただいまです」
「おかえり」
自動応答的にこたえて、チラリと壁掛け時計を見る。
21:48。
「門限ギリギリだよ。もう少し早く終わせてもらえないの?」
「時間内なんで許してください。……って、あ! もしかして、寂しくて言ってます?」
「違うよ。風紀委員として心配なだけ」
「もー、先輩は恥ずかしがり屋さんだなあ」
すり寄ってくるのは、僕のルームメイトで1年生の、葛城 佑哉 。
中高生向けのファッション雑誌で専属モデルをしていて、仕事の日はこうして、寮の門限ギリギリに帰ってくる。
「んー、会いたかったあ。先輩と6時間も離れ離れなんて、さびし」
「近い近い近い」
佑哉は身長が180近いので、僕とは15センチほど体格差がある。
そんな大きいのが犬みたいに抱きついてくると、懐かれているというより、巨大クリーチャーに襲撃されている気分になる。
綺麗な顔が近づいてきて、僕は、腕を突っ張って顔をそらした。
「ほら、早くしないとお風呂の時間終わっちゃうよ」
「むぅ」
佑哉は不服そうに僕の体を解放して、タンスを探り始めた。
言わないといつまでもくっついているから、子供みたいで疲れる。
「僕、23:00には寝るからね。宿題とかやることあるなら早めに上……」
「大丈夫。昼のうちにやっておきました。夜は先輩と話したいじゃないですか」
そう言って佑哉は、機嫌良く部屋を出て行った。
「はあ……どうにかなんないのかな、あのじゃれ方は」
うちの学校の寮は、1年と2年が同室になるシステムになっている。
同学年同士だと、テストや宿題で不正の温床になるし、3年生は受験があるのでひとり部屋という、極めて合理的な理由だ。
そして、部屋の組み合わせは、先生の一存。
モデルという特殊な仕事をする佑哉は、普通の生徒と同室では、風紀の乱れになりかねない。
……という理由で、風紀委員長の僕があてられた。
極めて合理的で、反論の余地もない。
なぜか佑哉は、ものすごく僕にくっついてくる。
学校ではどちらかというと硬派な振る舞いで、女子生徒がだんごになってやってきても、物腰やわらかな笑顔で、やんわり離れる。
うちの学校は交際禁止の校則だから、対応としては正しいし、律儀だなと思う。
男子の友達とはよく遊んでいるけれど、仕事優先で、群れないし、悪いことは絶対にしない。
華やかな見た目とは裏腹に、実は節度ある学校生活を送る佑哉。
なぜ、僕にだけあんな風に、節操なしにくっついてくるのか。
僕はぽすっとベッドに倒れた。
「疲れた」
本当に、きょうは疲れた。
緑化委員を手伝って、7月の炎天下、放課後の草むしりに付き合うこと3時間。
自分で言うのも悲しいけれど、虚弱体質な僕は、それだけでけっこうバテてしまった。
眠たくて、自然とまぶたが閉じてくる。
僕は寝ぼけながらつぶやいた。
「えらいなあ、ゆうやは……」
佑哉はきっと、僕が委員会の間にサクッと宿題をやって、仕事に行ったんだ。
こんな門限ギリギリまで、撮影なんてずっと笑顔で疲れるだろうに、勉強は手抜きしないし、涼しげな目と全てのパーツが完璧な配置の顔で、佑哉が表紙の号はメルカリで割と高めで取引されていて、成績はいつもめちゃくちゃいいし、要領がよくて――
眠気で、思考がバラバラになっていく。
こういうときはたいてい、散文的に、佑哉のことが思い浮かぶ。
僕は、先輩って名前じゃない。
佐久間 広夢 だ。
ねむたい。
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