2 / 56

1-2

「おーい。せんぱい。こんな格好で寝ちゃダメですよ」  目を覚ますと、眼前いっぱいに佑哉の顔があった。  ぼんやりする僕を見て、佑哉はなんだか神妙な顔をしている。 「お腹壊しますよ、Tシャツめくれてます」 「うん……」 「全然聞いてないじゃないですか」  佑哉は僕を壁際に押しやって、なぜかベッドに上がってきた。 「無防備すぎます。キスしたくなっちゃう」 「……? 校則違反だよ」 「寝ぼけてる? そんな校則ありませんよ」 「ある」  ないかも。  そう思った瞬間……なぜか、頬にキスされていた。 「は!?」  さすがに飛び起きた。  蹴り飛ばす勢いで後ずさったけど、すぐ壁にぶつかった。  背中を壁につけたまま横移動でベッドの端へ避けようして、しかし、いとも簡単に追い詰められる。 「な、何したいま」 「ごめんなさい。ほっぺにキスしました」 「なんで!?」  もう1度、同じ場所にキス。  ようやく頭が起きてきて、状況を把握した。  校則どうこうという話じゃなくて、普通に、いや。 「え? いや。えっ?」 「……想像より可愛いや」  ぽつりとつぶやく佑哉が、何を考えているか分からない。  回らない頭でぐるぐる考えていたら、泣きたくなってきた。 「そういうからかい方やめて。その……そういうノリのキャラじゃないでしょ、僕は」 「ノリでもないし、からかったわけでもないですよ。無許可にしたのはごめんなさいですけど」  佑哉がほんの少しうつむくと、ふんわりと髪が揺れて、シャンプーの香りが鼻をくすぐった。  僕は目をそらす。  急に恥ずかしくなってきたからだ。  どういうつもりか問い詰めたかったけど……それを聞くのは、なんだかむず(がゆ)いやりとりになるように思えた。  もじもじとする僕の頭を、佑哉はそっとなでる。 「初めてでした?」 「こんなの初めてにカウントしない」 「じゃあ、どういうキスだったらカウントしてくれるんですか? 唇?」  僕はたまらなくなり、ブランケットをたぐり寄せ、すっぽりかぶった。  投げやりに答える。 「男の後輩のはカウントしない。もう、寝て」  ブランケットから片手だけ出してぐいっと押したら、そのまま腕を引っ張られた。  間抜けにバランスを崩した僕は、ブランケットごとすっぽり抱きしめられた。 「ひとつ勘違いしないでもらいたいのは、俺は別に、誰彼かまわずこんなことするわけじゃないってことを……まあ、分かってくれてますよね、先輩なら」  視界ゼロだから、佑哉がどんな顔をしているのかわからない。 「先輩。好きなんです」  穏やかな声だった。  夏の夜のぬるい風によく似合うような。  僕は何も答えられず、少しだけみじろぎする。  抱きしめられていた腕はとっくに緩められているのだけど……突き飛ばす気にはなれなかった。 「先輩は『校則は絶対』ですし、付き合ってって言ってもダメなんだろうなって思ってました。けどやっぱり、好きなもんは好きで」 「……だからって、こんな」  佑哉がブランケットの端を引っ張った。  再び蛍光灯の下に晒された僕の顔は、きっと、ひどく腑抜けたものだったと思う。  それでも佑哉は、いつもみたいにからかうことも、わざとらしく可愛いだのなんだの言ってくることもなかった。  目を伏せて、ふっと笑う。 「優しい先輩が好きです。怒らないで聞いてくれて、ありがとうございました」  あっさりとおやすみなさいと言って、佑哉は二段ベッドを上がっていった。  ぽつんと取り残された僕は、何も悟られたくなくて、息を潜めた。

ともだちにシェアしよう!