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「おーい。せんぱい。こんな格好で寝ちゃダメですよ」
目を覚ますと、眼前いっぱいに佑哉の顔があった。
ぼんやりする僕を見て、佑哉はなんだか神妙な顔をしている。
「お腹壊しますよ、Tシャツめくれてます」
「うん……」
「全然聞いてないじゃないですか」
佑哉は僕を壁際に押しやって、なぜかベッドに上がってきた。
「無防備すぎます。キスしたくなっちゃう」
「……? 校則違反だよ」
「寝ぼけてる? そんな校則ありませんよ」
「ある」
ないかも。
そう思った瞬間……なぜか、頬にキスされていた。
「は!?」
さすがに飛び起きた。
蹴り飛ばす勢いで後ずさったけど、すぐ壁にぶつかった。
背中を壁につけたまま横移動でベッドの端へ避けようして、しかし、いとも簡単に追い詰められる。
「な、何したいま」
「ごめんなさい。ほっぺにキスしました」
「なんで!?」
もう1度、同じ場所にキス。
ようやく頭が起きてきて、状況を把握した。
校則どうこうという話じゃなくて、普通に、いや。
「え? いや。えっ?」
「……想像より可愛いや」
ぽつりとつぶやく佑哉が、何を考えているか分からない。
回らない頭でぐるぐる考えていたら、泣きたくなってきた。
「そういうからかい方やめて。その……そういうノリのキャラじゃないでしょ、僕は」
「ノリでもないし、からかったわけでもないですよ。無許可にしたのはごめんなさいですけど」
佑哉がほんの少しうつむくと、ふんわりと髪が揺れて、シャンプーの香りが鼻をくすぐった。
僕は目をそらす。
急に恥ずかしくなってきたからだ。
どういうつもりか問い詰めたかったけど……それを聞くのは、なんだかむず痒 いやりとりになるように思えた。
もじもじとする僕の頭を、佑哉はそっとなでる。
「初めてでした?」
「こんなの初めてにカウントしない」
「じゃあ、どういうキスだったらカウントしてくれるんですか? 唇?」
僕はたまらなくなり、ブランケットをたぐり寄せ、すっぽりかぶった。
投げやりに答える。
「男の後輩のはカウントしない。もう、寝て」
ブランケットから片手だけ出してぐいっと押したら、そのまま腕を引っ張られた。
間抜けにバランスを崩した僕は、ブランケットごとすっぽり抱きしめられた。
「ひとつ勘違いしないでもらいたいのは、俺は別に、誰彼かまわずこんなことするわけじゃないってことを……まあ、分かってくれてますよね、先輩なら」
視界ゼロだから、佑哉がどんな顔をしているのかわからない。
「先輩。好きなんです」
穏やかな声だった。
夏の夜のぬるい風によく似合うような。
僕は何も答えられず、少しだけみじろぎする。
抱きしめられていた腕はとっくに緩められているのだけど……突き飛ばす気にはなれなかった。
「先輩は『校則は絶対』ですし、付き合ってって言ってもダメなんだろうなって思ってました。けどやっぱり、好きなもんは好きで」
「……だからって、こんな」
佑哉がブランケットの端を引っ張った。
再び蛍光灯の下に晒された僕の顔は、きっと、ひどく腑抜けたものだったと思う。
それでも佑哉は、いつもみたいにからかうことも、わざとらしく可愛いだのなんだの言ってくることもなかった。
目を伏せて、ふっと笑う。
「優しい先輩が好きです。怒らないで聞いてくれて、ありがとうございました」
あっさりとおやすみなさいと言って、佑哉は二段ベッドを上がっていった。
ぽつんと取り残された僕は、何も悟られたくなくて、息を潜めた。
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