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 全ての用事を終えて寮に戻ってきたのが、18:00過ぎ。  部屋の前でパンと頬を叩き、笑顔を作ってドアを開いた。 「ただいま」 「せんぱーい! 会いたかったあ、お疲れさまでした!」 「うわあっ!」  ドアを閉め終わる前に抱きつかれたから、思わず突き飛ばしてしまった。 「……先輩?」 「あっ……ごめん。びっくりしちゃって」  ふたりして目を丸くしたまま、固まる。  その表情を見たら、我慢していたものがあふれ出して、涙がボロボロとこぼれた。 「え? 先輩? どうしたんですかっ?」 「……ゆうや。僕、あの……」  ゴシゴシと目を擦る僕を、佑哉はおっかなびっくり抱きしめる。 「何かありました? 俺のせい?」 「ちが、ちがう。佑哉のせいじゃない……、佑哉のせいじゃないのに」 「何か悪口とか言われた? 気にしないでいいですよ、そんなの」  隠すのは無理だと思ったので、僕はポケットから名刺を取り出し、ことの顛末(てんまつ)を話した。  嗚咽(おえつ)混じりに話す僕の背中をさすりながら、佑哉は黙って、耳を傾けてくれた。  そして、話し終えてひとこと。 「文句言います。先輩を泣かせるとか許せない」 「ダメだよそんな。直接コンタクト取っちゃ」 「いや、半殺しにします。そいつ、いとこなんで」 「……は?」  佑哉は自分のスマホを引っ掴み、名刺を見ることもなくLINEを立ち上げて、通話ボタンを押した。 「……おいっ! 何してんだよ!?」  電話の向こうから、盛大な笑い声が聞こえる。 「先輩怖がって泣いちゃったんだけど? マジで何してくれてんの? おばさんに言うぞバカ辰哉(たつや)」  こんな、すごい剣幕で怒る佑哉は初めて見た。  ぽかんとしていると、舌打ちをした佑哉が、僕にスマホを渡してきた。 「……もしもし」 『あはは、佐久間くん? 驚かせちゃってごめんねー。佑哉のいとこの小西です。会社から、情報を嗅ぎ回ってる業者がいたら握りつぶしてこいって命じられててねえ。men's ASの専属モデルは、講和社の宝なんで。で、しらみつぶしにやってたら君を見つけたんだ。ごめんごめん』 「そうだったんですね。失礼な口聞いてすみませんでした」 「先輩が謝ることないですよっ!」  横から大声で、佑哉が口を挟む。  電話口の小西さんが、また大笑いした。 『でもね、佐久間くんのことを漏らした生徒がいたのは本当だよ。僕がカメラを持っていたから、教えたらお金がもらえるとでも思ったのかもね』 「学校側に伝えておきます。でもなんか、人の噂を止めるのは無理なのかなって、きょう1日やってみて分かりました」 『そうそう。僕が言うのもなんだけど、佑哉はかっこいいからねえ。冴えない小西家の顔が遺伝しなくて良かった』 「はあ……」  佑哉は僕の手からスマホを奪った。 「業者を潰してくれたのはありがとう。でも2度と、2度と! 先輩に近づくなよ! ……え、お年玉? え、いや。要る。えっ」  慌てる佑哉を見て、ブッと噴き出してしまった。  おそらくお年玉の金額をチラつかせられてしまった佑哉は、もごもごと文句を言いながら電話を切った。 「先輩、ほんとごめんなさい。嫌な思いさせて」 「いや。まあ、びっくりしたけど……佑哉の味方になってくれる大人がいるならよかったよ」 「先輩は優しい」  ぎゅーっと抱きしめられると、安心感に包まれる。  目を閉じて、佑哉の体温を感じた。 「僕、佑哉のこと守れたって思ってたけど、全然守れてなかった。どれだけ注意しても、言っちゃうものは言っちゃうんだね」 「言っちゃダメってルール、律儀に守ってるのなんて、頭が堅い先輩だけですよ」 「頭が堅くてけっこう。佑哉のことなんか、1ミリも誰にも教えたくない」  外から、わーっという歓声が聞こえた。 「あ、始まったかな」  ふたりで窓際に移動し、そっとカーテンを開けると、キャンプファイヤーが始まっていた。  校庭の真ん中に組まれた薪から大きな炎が上がっていて、生徒たちはそれをぐるりと囲んでいる。 「どうする? 行ってみる?」 「そうですね、せっかくだし行きま……いや、待てよ」  眉間にしわを寄せた佑哉は、ツカツカと部屋の外へ出て、両隣の部屋をノックした。  どちらも、返事がない、  途端、ニヤーッと笑う。 「誰もいません。俺が言いたいこと、分かりますよね?」 「…………分かんないわけないでしょ」  恥ずかしくなって目をそらしたら、ほぼ抱きかかえられるような感じで部屋に引きずり込まれ、そのままベッドに投げられた。

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