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6-2
桔梗祭当日。
スタートは9:30からだけど、僕は6:30から動き出していた。
気取ってバカだなと思いながら、眠る佑哉のおでこに軽くキスして、部屋を出る。
朝食をとる暇もなく、風紀の腕章をつけて、バタバタと走り回る。
生徒会長は、来賓やトークショーのゲスト、その他もろもろ大人への対応の役回りで、全く使えない。
よって、実質、現場の総指揮官は僕だ。
「――うん、そう。東通用門のテープ。急で申し訳ない。お願いします」
震え続けるスマホでひとつひとつ指示を飛ばしながら、ちょこまかと動いていると、焦った表情の委員がこちらにやってきた。
「佐久間先輩。なんか週刊誌みたいな怪しい人がいっぱい来てるみたいです」
「……はー。田中先生に言って追い払ってもらってくれる? 寮の前は?」
「いますいます。女の子が30人くらいたまってて」
「警備員さんに対応してもらって」
誰だ、どこに住んでるかまで漏らした奴は。
泣きたくなるのを深呼吸で抑え、次の場所の確認へ。
各教室に顔を出し、葛城佑哉について聞かれても一切答えないよう、注意して回る。
オープン前からこんな調子で、始まったらどうなるのかとクラクラしていたけど、9:30になった瞬間、文字通り地獄の忙しさになった。
次々起こるトラブル。
ちょっと進むごとに他校の制服の女子に呼び止められ、葛城佑哉はどこにいるのか聞かれ、そんな人物は存在しないとあしらって、また人混みをかき分ける。
寮は、というか、本人は大丈夫かと心配になるけど、カーテンはピッタリしまっているので、多分大丈夫。
……大丈夫だろうけど、寂しいだろうなとは思う。
外のわいわいとした声や、音楽、イベントの放送。
ひとりぽつんと部屋で聞いているのだと思うと、胸がはちきれそうだし、いますぐ戻って抱きしめたくなる。
LINEは事務連絡ばかりで、当然佑哉からは何も来ていない。
気を遣ってくれてるに決まっている。
好きで委員長をやってるのに勝手に寂しがって、バカみたいだと思いながら、次の持ち場へ走る。
朝から何も食べていないまま、お昼のピークが過ぎた。13:45。
タイムスケジュール表を見ると、佐久間の欄に、小さな隙間がある――ようやく休憩だ。
ぐるぐるポテトとワッフルをふたつずつ買って、寮に戻った。
「佑哉、開けて。手がふさがってる」
ドアに向かって声をかけると、そろっと扉が開いた。
子犬みたいな、満面の笑み。
「先輩、大丈夫ですか? 座ってください」
「さすがにへとへとだ……」
食べ物を机の上に置いて、そのままベッドへ寝転がる。
佑哉は目を細めてその隣に座り、僕の頬をするするとなでた。
「休憩、何時までですか?」
「14:20まで。あー、めまいする」
僕は佑哉の手を捕まえて、ニッと笑った。
「でも、ちゃんと佑哉のこと守ってきたよ、女の子たちから。そんな人知りませんって50回は言った気がする。出店も徹底してるし、佑哉のことを言ってる生徒がいたらすぐ本部呼び出しになるように、風紀委員全員に指示出してる」
「先輩はヒーローだ」
「佑哉はきょうは、塔に閉じ込められたお姫様だからね。さ、ポテト食べよう」
むくりと起き上がると、そのままキスされた。
驚きはない。絶対そうしてくれると思った。
「俺は積極的なお姫様なんですよ」
「大好き」
「あれ、広夢。思ったよりピンピンしてんな」
ゴミの分別に追われる飯田に声をかけると、意外そうな顔で僕を見た。
「お昼休憩挟んだら回復した。4組のワッフル、けっこうおいしかったよ」
「いいなー。オレ、焼きそば落っことして萎えてなんも食ってない」
「なんか買ってこようか?」
「ラムネ」
まともなものを食べるよう言おうと思ったけど、汗水垂らして働く姿を見たら、水分補給が先決かと思い、仰せのとおりにラムネを買いに行くことにした。
少しすいてきた校庭をつっきり、ドリンクのテントを目指す。
……と、突然後ろから、肩を叩かれた。
振り向くと、大きなカメラを提げた20代半ばくらいの男性だった。
「風紀委員長さんは君?」
「……何かご用ですか?」
露骨に怪しいので警戒していると、男性は名刺を渡してきた。
「講和社・週刊ウェンズデイの記者で、小西 といいます。君に聞きたいことがあって」
「すみません。何か問い合わせでしたら、職員に聞いてもらえますか?」
「葛城佑哉くんのことなんだけど。君がルームメイトなんでしょ?」
カッと頭に血が上って、すぐに、サーッと血の気が引いた。
「……誰ですか、それ」
誰だよ、そんなことまで漏らした奴は。
「モデルの。知らないとは言わせないけど」
「すみませんが、本当に知らないです。お連れの方の呼び出しでしたら、本部テントに行って放送してもらってください。田中という教員がいますので」
「すごいね。おしゃべりが上手で立板に水という噂も本当だ、佐久間くん」
僕のことまで……?
何を、どこまで知っているのか。
心臓がバクバクと鳴っているし、自分の表情がどんどん固くなっていってるのも分かる。
「あの、これ以上変なことを言うなら警備員を呼びます」
「あらら。それは困るな。いや、僕は葛城くんのことを聞き出そうとしたわけではなくてね、逆なんだ。君に忠告しておきたいんだよ」
無視してスマホを取り出そうとしたけど、手首を掴まれた。
「彼はね、君が思う以上に有名人で、ありとあらゆる大人が、スキャンダルを狙ってる。理由は、おいしいから。そして、この学校の生徒は敵だらけだ。佐久間くんがルームメイトであることを教えてくれたのは、声をかけて2人目の生徒だったよ」
「……僕のルームメイトは葛城とかいう人じゃないです。僕の名前を出したのは、風紀委員に言えばつまみ出してもらえると思ったんですよ、きっと」
「あはは、すごいな。友達想いなんだね。じゃあ僕はもう用はないので消えるけど、何か困ったことがあったら、その番号にかけてきて」
小西と名乗った人物は、僕の手の中の名刺を指さしてちょっと笑い、そのまま門の方へ去っていった。
僕は本当は、すぐに本部へ通報しなければならなかったのに――先生に言う勇気も、この名刺を捨てる度胸もなかった。
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