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飯田と別れて、どこへも寄らずに帰ってきた。
玄関を開けると、佑哉が夕飯の支度をしていた。
「おかえりなさい」
「ごめん、やらせちゃって」
「いえいえ。お疲れ会、楽しかったですか?」
「うん、まあ。……って言っても別に、マックでしゃべってただけなんだけど」
なんとも言い訳がましいな、と思いながら、リュックを定位置のカゴに放り込む。
「ねえ、飯田から聞いたんだけど。佑哉、ボランティアの人集め手伝ったんだって?」
「あれっ、バレた」
「ええ? 隠してたの……? なんで?」
「いや、別に隠してたわけではないんですけど……なんか、先輩に褒められたくてやったと思われたら、恥ずかしいじゃないですか」
佑哉は少し照れ笑いしながら、鍋の中でみそを溶く。
僕は肩をすくめた。
「まあ、褒めるけど。えらいえらい」
お玉と菜箸で手がふさがった佑哉の頭を、もふもふとなでる。
佑哉はくすぐったそうに身をよじりながら、はにかんだ笑顔を見せた。
「で、なんで緑化のお手伝い? いつも飯田にライバル心メラメラ燃やしてるのに」
「いやあ、なんか俺、学校のためになること何もしてないなって思って。風紀は部外者が手伝えることはなさそうですし、何かないかなと思ってたら、ちょうどボランティア募集してて。まあ俺自身は断られちゃったんですけど」
あははと笑って、火を止める。
僕はお椀を並べながら言った。
「佑哉が人集めした日は、ゴミ袋の数が史上最多だったって、飯田がほくほく言ってたよ」
「役に立てたんなら良かったです」
ふたりで向かい合って、手を合わせる。
ご飯とみそ汁と焼くだけの餃子と山盛りの温野菜。
まあ、男のふたり暮らしの自炊なんて、こんなもんだ。
こんなもんだから楽しいのだけど。
「……ねえ、佑哉は、モデル以外の仕事に興味あったりするの? 芝居とか」
「んー、いまのところないですね。どっちかというと、にこりともせず黙ってランウェイを歩いてみたいかな」
「本格的にファッションモデル?」
「はい。パリコレとか憧れます」
夢のスケールが違った。
僕は「ふーん」と言って、お茶をすする。
「佑哉が高校生じゃなくなったら、ほんと、有名人になっちゃうね」
「仕事が途切れなければ御の字なんで。別に有名かとかは気にしてないです」
やはり僕は、「ふーん」とごまかして、味噌汁に口をつけた。
お風呂の湯船に浸かっていると、色々考えていたものが、湯煙とともに解けていく感じがする。
僕は佑哉に背を預け、ほうっと息を吐いた。
「……こんな風に一緒に住めるのって、いまだけかなあ」
「えっ? いや、先輩、前に言ってくれたじゃないですか。ここを出た後も一緒に暮らせるように貯金しよう、とか」
「うん。そのときはそう思ったんだけど。でもほら、有名になったらプライベート詮索してくる人とが増えそうだし、ASの専属じゃなくなったら辰哉さんに握りつぶしてもらうのも無理になるでしょ? って考えると……」
面白おかしく、ゲイだなんて書かれたら――
しかし佑哉は、のほほんとした声で答えた。
「いやあ、なんか好感度高いらしいですよ、そういうの」
「……? 何が?」
「なんか、地元とか学生時代の繋がりを大事にしてると『気取らなくて良い人』みたいな感じに評価されるって、事務所の先輩が言ってました」
「へえ。芸能界に染まってませんみたいな?」
「俺は先輩と仲良く幸せに暮らせて、ファンの方は推しに女っ気がなさそうで安心できて、事務所はスキャンダルの火種が減って、一石三鳥です。これからも一緒に住みましょうね、先輩」
そう言って佑哉は、唐突に、お湯の中で僕のペニスに触れた。
「ちょっ、何。いまの流れでこうなる要素、なんかあった……?」
「んー? 先輩に先のこといっぱい心配させちゃったから。いまの俺の気持ちを知ってもらいたいなあと思って」
佑哉は僕のペニスをしごきながら、肩甲骨の上あたりに強く吸い付いた。
「ん……、ん」
「好きって気持ちです」
「……ぁ、や、はぁっ」
心の準備ができていないところを容赦なくぐにぐにと触られて、甘ったるい声が浴室に反響する。
「可愛い。ほら、鏡見て。すごいエッチな顔してる」
「はぁ、あっ……」
「キスしたい。こっち向いて?」
振り返って舌を伸ばすと、上気した艶っぽい表情の佑哉が、わざと少し顔を離したまま舌を出して、先っぽだけチロチロとなめてきた。
「はあっ、……ぁ、はあっ」
「ちゅうってしていい?」
「して、」
ディープキスをしながら、巧みにしごかれて、射精感が高まる。
くるりを反対を向いて対面するように座り、僕も佑哉のペニスに触れた。
「……っ、うぁ、」
「ん、んぅ、ゆうや、……きもちぃ」
「挿れたい……けど、ほぐしたりなんなりする前にイッちゃいそ……」
手を上下するたび水流が玉の方を刺激して、いつもとは違う快感に脳が侵される。
「ゆぅゃ、あんッ、んっ、ンッ」
声が上擦る。
察したらしい佑哉は、喘ぐ僕の口に指を突っ込んだ。
「ぁあ……ッ、んぁ、あ、ぁ……ッ」
「先輩、口の中乱暴にされると気持ちいいんですもんね」
「あ、はぁっ、あぁッ、あ……っ」
佑哉の指に舌を絡めながら、佑哉のものをしごく。
気持ちよさで体がわななく。
「あぅ、ィ、あ……ッ、あ、ああッ、ぅ」
「イキたい?」
「はぁっ、ああッ、イッ……あ」
「いいよ。お風呂の中に出しちゃって」
恥ずかしいのに、興奮してしまう。
佑哉が口から指を引き抜くと、お尻をもみはじめた。
しごく手が激しくなって、お湯がじゃぶじゃぶと波打つ。
「あぁっ、も、……だめぇ、ああッ、ん、ああぁぁあッ!……イクッ、あぁ…………っ!……ッ、……!……っ」
佑哉の首にしがみついて、射精する。
ビクッビクッと何度も吐き出し、腕をゆるめると、佑哉は慈しむような目で僕を見た。
「気持ち良かったですか?」
「……はぁ、ん、んぅ……ゆうやも」
「ここでしてたらのぼせちゃいますよ。続きはベッドでしましょう」
僕を組み敷いて呼吸を乱す佑哉は、本能的に快感を味わっているのに、気が遠くなるほど優しい。
ちょっと目線をそらして、暗い部屋の天井の隅を見た。
……あした役目を終えたら、僕は、何かに戻るのかもしれない。
別に、委員長職が偉いというわけでもないけれど、降りて、一般生徒になることで、自分の中の何かが終わるのだろうなという予感はする。
なんだか少ししんみりしてしまいそうな夜に、こうしてあたたかい佑哉の皮膚に触れていると、幸福感と運命論みたいな……何か計り知れないもので、胸が埋め尽くされるような気がする。
ルールを破る決断をした夏の夜の僕は、自分の正義に従ったのかな。
そんなことを思いながら、ちょっとうめいた佑哉の体を抱きしめて、お腹の中にドクドクと注がれる熱を受け止めた。
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