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「では、次は……風紀の佐久間くん。ひとことどうぞ」  生徒会長に指名され、カタッといすを引いて立ち上がり、小さく一礼した。 「1年間ご協力いただきまして、ありがとうございました。風紀は活動範囲が広く、他の委員会の皆さんに手伝っていただかなければ乗り越えられなかった局面も、多々ありました。快く引き受けてくださったことを、感謝しています。それと……」  一度言葉を切り、ちょっと頭を下げる。 「個人的な件ですが、ご心配、ご迷惑をおかけして、すみませんでした」  いわずもがな、ラグビー部の件だ。  皆眉をひそめ、同情の眼差しを向けている。  僕は深呼吸をして、話を続けた。 「こんな学校あげての大問題を起こした風紀委員長は、前代未聞でしょうし、反省しています」 「いや、佐久間くんのせいじゃないでしょ」  生徒会長が割って入った。 「佐久間くんが漢気と根性で事をおさめてくれたから、こんなもんで済んだんです。って、大怪我した人に対して虫のいいことは言ったらいけないのかもしれないですけど……でも、助かりました。先生も生徒も、みんなそう思ってると思いますから、謝らないでください」 「……気を遣っていただいて、すみません」  ちょこちょこと、教室全体を見回しながら何度か頭を下げ、言葉をまとめた。 「ともあれ、様々トラブルに見舞われるたび助けていただいたことを、風紀委員を代表してお礼させていただきます。1年間ありがとうございました」  パラパラと、どこかから拍手が湧いて、僕が深々と頭を下げると、大きな拍手に包まれた。  卒業式みたいじゃないか。  他の委員長も全員あいさつを終えて、最後に生徒会長が締めて、今年度の委員会活動が終了した。  解散後、僕は、風紀委員会が使っていた空き教室に向かった。  私物を少し置いていたからだ。  ガラガラと引き戸を開けると、沈みかけの夕日が目に刺さった。  一瞬目を細め、カーテンを閉めると、目当ての引き出しに向かう。  ……と、その時。 「佐久間くん」  振り向くと、3年女子の高見先輩がいた。  うちの学校は、委員長は2年生が務めることになっており、3年生の委員会活動は、自由参加だ。  高見先輩は1年生から風紀委員を務めていたそうで、まあ、僕にとっては上司みたいなものだったりする。 「1年間おつかれさま」 「ありがとうございます。先輩こそ、受験ギリギリまで委員会に出ていただいて、助かりました」 「息抜き息抜き」  少し勝気な、目を惹く美人だ。  つやつやの長い黒髪が鎖骨の下まで真っ直ぐに伸びていて、そのすぐ下の膨らみは……制服の上からでもどうかが分かると、男子の噂の的だ。  高見先輩は僕のすぐそばまでやってきた。 「佐久間くんが委員長なおかげで、色々楽しかったよ」 「……事件だらけでしたけど」 「あはは、まあね。でも、3年間関わってきた人の中で、ぶっちぎりに頼りになった。あたし、去年は会計で役員会も出てたから、他の委員長もたくさん見てたけど、佐久間くんより頼れる子はいなかったよ」 「はあ……えっと、ありがとうございます」  ぺこっと小さく頭を下げると、高見先輩が近づいてきた。  僕は思わず後ずさる。 「好きなの」 「は?」 「あたし、佐久間くんのことが好きなんだ」 「……いやいや、ご冗談を」 「本気だよ。まあまあ分かりやすくしてたつもりなんだけどなあ」  さらにずいっと迫ってきて、教室の隅のロッカーに追い詰められた。 「付き合わない?」 「いや、すみません。そういう感じで考えたことないんで」 「付き合ってから好きになってくれればいいよ」  高見先輩はそう言いながら、自分のネクタイに手をかけた。  しゅるっとゆるめ、ワイシャツのボタンを3つ外す。  下着のレースがチラリと見えて、僕は大きくそっぽを向いて、カーテンの方を見た。 「あの、ちょっと……何、」 「委員長の立場じゃまずかったかもしれないけど、もういいじゃない。一般生徒だし、あたしは卒業するし」  高見先輩は僕の手を掴んで、胸の方へ導く。 「触ってもいいよ」 「だめ、ダメですっ。委員長を降りても、校則違反は校則違反です」  焦って手を引っ込める。  こんな状況、万が一誰かに見られたら、100%僕が悪いことになる。 「堅物だねー。頭堅いってよく言われるでしょ?」  高見先輩は、不敵に笑い、長い髪をさらりとかきあげると、露骨に胸を押し当ててきた。  逃げられない僕は、ぎゅっと目をつぶった。 「あ……頭が堅くて何が悪いっ」  やけくそに言った瞬間、ガラッとドアが開いた。 「そうですね。頭が堅くて何が悪いんですか?」  聴き慣れすぎた声。  バッと顔を上げると、佑哉がドアのところにいた。  眉間にしわを寄せ、ドアに手をかけたまま、低くうなる。 「嫌がってる相手に無理やり迫るとか、女子でもダメでしょ。セクハラだと思いますけど」 「ゆ、ゆうやっ」  あっけにとられる高見先輩の腕をくぐりぬけて、佑哉の横に駆け寄る。  佑哉は僕をちょっと後ろに隠して言った。 「卑怯ですよ。体チラつかせるなんて」 「盗み聞きとか最低」 「俺を非難する筋合いはないでしょう」  佑哉は高見先輩の胸元を指差し、はあっとため息をついた。 「別に誰にも言わないんで、高見先輩は、二度とこの人に近寄らないでくださいね。それじゃあ」  佑哉は僕の腕を掴むと、くるりときびすを返し、大股で歩き出した。  僕はつんのめりながら佑哉のあとを追う。  ずんずんと進む佑哉の横顔は明らかに怒っていて、でも何も言わないから、会話も出てこない。  結局ひとつも言葉を交わさないまま、家に着いた。

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