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エピローグ
4月、新学期初日の帰り。
案の定というか……校門前に人だかりができていて、その真ん中で、佑哉がもみくちゃになっていた。
葛城先輩を一目見ようと、男女問わず、新入生がだんごになってやってきたというわけである。
僕は少し離れたところから背伸びをして、輪の中心に向かって呼びかけた。
「佑哉ー。帰るよー」
「あっ! みなさんすいません、帰りますっ」
佑哉が人をかき分けて出てきて、そのまま僕の手首を掴んだ。
僕はギョッとして振り払おうとしたけれど、握る手が強すぎた。
「はー……助かった。ありがとね」
「こら、学校では……」
「誰も聞いてないよ」
事情を知らない新入生たちが、うらやましそうに僕を見ている。
僕は眉間にしわを寄せた。
「……新風紀委員長、何してんだろ。こうなるのは目に見えてるのに、対策ゼロなんて」
「そういえば去年はこんなことなかった。ひろが助けてくれてたの?」
「こら、学校では」
「ねえ、もしかして。ひろの委員長初仕事って、俺の警備だったの?」
もし佑哉にしっぽが生えていたら、はち切れんばかりにぶんぶん振っていただろう。
僕は目をそらしながら答えた。
「……そうだよ。春休みの時点で風紀委員を希望していた人を集めて、佑哉を待ち伏せしてる生徒を蹴散らしてました」
「やっば。大好き」
「仕事だったから」
いい加減離してもらおうと思って腕を引いたら、そのままぴったり体をくっつけてきた。
「ひろはかっこいいなあ。こんなちっちゃくて可愛くって耳真っ赤なのに」
「やめて、言わないで」
ただでさえ、あのだんごを振り切って僕のところに駆け寄ってきてくれたのが、うれしくて仕方がないのに。
キュンキュンしてしまう。
「ねえ、クラスどうなった? 飯田先輩は……」
「今年も一緒」
すねるかと思いきや、佑哉はニコニコしていた。
「よかったー。あの人がひろの周りをうろうろしてくれてれば、変な女子とか来なさそうだし。うん、よかったよかった」
「……佑哉、ちょっと大人になったね」
「もうやきもちとかは卒業」
顔を上げると、見覚えがありすぎる赤い高級車が停まっていた。
その傍らでは、辰哉さんが、ガードレールに軽く腰掛けている。
「よっ。ふたりとも、乗って行きなされ」
なんと、こうなることを予想していた辰哉さんは、僕たちが家バレしないように他の生徒をまくつもりで、迎えにきてくれたらしい。
「すいません、ありがとうございます」
「辰哉ありがとう。車が目立ちすぎることを除けばスーパーファインプレー」
「レンタカーを借りる時間がなかった」
辰哉さんが後部座席のドアに手をかけたのを、佑哉がぺしっと払った。
「ひろ、乗って」
「あ、ありがとう……」
佑哉がエスコートするように、ドアを開けてくれた。
辰哉さんは腕組みをして、「ふーん」と言いながらニヤニヤしている。
なんだ、やっぱり佑哉は子供っぽい。
敬語をやめたのを見せびらかしたいんだから。
ハンドルを切りながら、辰哉さんが尋ねてきた。
「AS、あした発売だよなあ? 大丈夫? ふたりで帰れる? 無理そうなら、会社にはなんか理由つけてあしたも来るけど」
そういえばそうだ。
毎月10日は、駅前のコンビニで朝から争奪戦になっている。
目をつぶると、最新号とマジックを手にした新入生が、佑哉にサインをもらおうと追いかけてくる様子が思い浮かんだ。
これは申し訳ないけれど、辰哉さんに迎えを頼まないとダメかもしれない……。
お願いしようと口を開いたら、佑哉がそれを止めた。
「いや、いい。ひろとイチャイチャしながら帰る」
「は!? いや、おかしいでしょ。素直に辰哉さんにお願いしたほうが」
「落ち着くまでは毎日遠回りして、放課後デートしてから帰ろうね」
「…………僕が先生に、制服での寄り道の許可を取ればいいんだね?」
「そうそう。やっぱり、元委員長の威光は発揮してもらわないと」
制服で、なんか、クレープ食べたりとか?
……と、絶望的に乙女チックすぎる想像をしてしまって、ぶんぶんと頭を振る。
佑哉は指を絡めてきたと思ったら、ニコニコして僕の顔を覗き込んだ。
「クレープとか。良くない? 俺、ひろと一緒に甘いの食べたいなあ」
「うわー、めちゃくちゃノロケる」
辰哉さんが大笑いすると、佑哉もふふんと笑った。
「いいでしょ、青春って感じで。ねー、ひろ?」
「うん……まあ、うん。そうだね」
恥ずかしくて、ぎゅうっと佑哉の指を握りしめる。
……って、そうじゃない。
気を取り直して、こほんと咳払いをした。
「いや、制服姿で買い食いするのは学校のイメージが悪くなるから、ウォーキングも兼ねて素直に遠回り」
「えー。ひろのけち。頭堅い」
「頭が堅くて何……」
「好き。頭堅くて」
脱力。何を言っても無駄だ。恥ずかしい。
辰哉さんはケラケラ笑いながら、マンションの駐車場に車をつけた。
「んじゃ、ここで。健闘を祈るよ、色々」
「……すいませんありがとうございました」
「ばいばーい」
車を見送る。
……と思ったら、佑哉は僕の手をとって、植木の陰に僕を連れ込んだ。
「なに? なに?」
「はー、我慢できないかと思ったー」
僕の頬を丸く包んで、ちゅ、ちゅ、と、何度も口づけられる。
「んっ、こんな外で……我慢できたうちに入らないよ」
「したした。めっちゃした。もみくちゃから助けてもらった時点で、危うく抱きついていっぱいキスしちゃうところだったんだから」
「ん、んぅ……」
僕しか知らない、佑哉の甘えた顔。
佑哉にしか見せない、僕の甘え方。
これからもいっぱい校則違反をして、仲良く暮らしたいなんて――春風に揺られるふわふわの髪に触れながら、そんなことを願った。
(了)
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