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温泉だ! ①
「寒い……」
「12月だからな」
「さっきの道、めっちゃ狭くなかった?」
「山奥だからな」
「もー! 透瑠冷たいっ」
そりゃテンション上がるわけないだろう。こっちはようやく覚悟決めてバージン(男でも使っていいのか?)捨てに来てるんだから。
怜の誕生日までには、と心に決めて、一応どんなことするかお勉強なんかして、すごい世界に足踏み込んだって怖くなったけど、怜のためにがんばろうってようやく決心して。
『やった〜めっちゃ嬉しいっ!』
って抱きつかれて。俺もまあよかったかなと絆されたけど、
『実はもう予約しました!』
てへ、とまたわざとなのか天然なのか分からない女性アイドルがやるようなポーズを決めて(それが似合うから恐ろしい)、ウィンクしてきて。
『な……何を?』
『ん? 温泉旅館』
俺と怜がつき合い出したことはすぐバレた。
マスターは俺の首にあるチョーカーを見て目を細めて微笑んだだけだったが、
『お前ら、やっとくっついたのかよ』
なんてヤスさんにも言われて。
そんなにバレバレだったのかな? っていたたまれなくなったけど、頭ナデナデされてホッとした。
デザイン事務所でも、怜が『もう俺のだから手出さないでね』なんて宣言して、嬉しかったけど恥ずかしくもあり。女性の事務員さん達の目線がちょっと痛かったり……。
沙雪さんには『よかったね! おめでとう〜』ってぎゅっと抱きつかれた。その後怜が慌てて引き離しに来たけど。
三角さんにも律儀に報告して休みを申請したら、
『はあ!? このクソ忙しい時に
温泉旅行!? ふっざけんなよ、てめえら!』
と怒られたけど、怜が
『息抜き! リフレッシュ! 誕生日!』
と喚いてしぶしぶ承諾させた。……さすがだ。
テンションだだ下がりの俺だったけど、風情ある佇まいの旅館のロビーや、通された部屋のレトロな雰囲気がよくて、少し気分も上がってきた。
「うわあ……」
縁側に出ると、部屋専用の露天風呂が見えた。川のせせらぎが聞こえる。
「気に入った?」
「うん」
よかった、と言って怜が微笑んだ。時々、年相応の表情になるからドキッとする。
食事は別室で、山から見下ろす夜景が綺麗な部屋へ通された。内容も豪華だった。地元で採れたという野菜や名産の牛肉、刺身も新鮮で美味しかった。
怜がこっそり、あんまりお腹いっぱい食べないようにね、と耳打ちしてきて、何しに来たのか思い出して喉を通らなくなったけど……。
「こないだ、真治にコワイこと訊かれちゃって」
俺に合わせて烏龍茶を飲みながら怜が話しだした。
「何?」
「沙雪さんて彼氏とかいるのかな的な! そしたら沙雪さんまで昨日、同じようなこと訊いてきて! 俺どうしよう〜」
頭を抱えてぶんぶん振って悩んでいる振りをしているが、これ絶対に楽しんでる。
やっぱり、あのとき首が赤くなってるのは気のせいじゃなかったんだな。
「別に……事実を伝えればいいんじゃねえの」
「透瑠分かってないね? そこはほら、ちょっとヤキモキさせたいじゃん〜」
絶対楽しんでる。……二人には後でフォロー入れればいいか。
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