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一生のお願い。③
***
「――このバカ。お前が無理させたんだろ」
「だってさ〜。透瑠が可愛すぎるんだもん」
「だからって仕事に支障きたしてたらダメだろうがよ。相手に迷惑かけてどうする。後先ちゃんと考えろこのバカ」
「も〜バカバカ言わないでよっ。バカだけどっ」
厨房の入口で、真治と言い争う声が控室まで聞こえてくる。どうせならここまで聞こえないところで話してほしい。恥ずかしさに思わず顔を腕で覆う。
二つ折りにした座布団を枕代わりにして、畳に寝転んだまま、透瑠はため息をついた。
翌朝、結局ベッドから起き上がるのも苦痛で、オロオロしている怜に付き添われて出勤するハメになった。
――土曜日でよかった。怜が休みの日で。
実際、立っているのもツラくて、マスターにも『大丈夫?』と心配されて、頬が熱くなった。
怜が理由を説明しようとしたので、ぎょっとして口を塞ごうとしたが、ちょうどそこに顔を見せた真治が透瑠の様子に気づき、凶悪な目つきで怜を睨みつけた。そして透瑠は『お前はちょっと休んどけ』と控室に連行された。
「だからこうして戦力になってるでしょっ」
「当たり前だバカ」
「も〜またバカって言った!」
「バカにバカって言って何が悪い」
ブツブツ言いながらも自前のエプロン姿で食材を運んだり豆の袋を運んだりと動き回っている。いつか、マスターがぎっくり腰で休んだあの日を思い出す。
……あの頃は、怜とこんな関係になれるなんて考えてもいなかった。
ここに来てまだ一年にも満たない。
めまぐるしい日々だった。怜への想いに気づき悩んだ日々。苦しくも、でも穏やかな、充実した日々。
溢れる想いにつきあげられ、透瑠は胸が熱くなった。
「透瑠?」
怜が透瑠の様子に気づき、慌てたように控室に上がりこんできた。
「大丈夫? ごめんね、まだキツイ?」
「ううん……もう平気」
そう言って体を起こそうとすると、怜が背中を支えてくれた。
起きた拍子に目尻に溜まっていた涙がぽろりとこぼれ落ちた。
「透瑠!?」
怜がどうしよう、とまたオロオロしだしたので、
「大丈夫だって。ただ、仕事の前の日はちょっと加減してほしい……だけ」
何を、ということを頭に浮かべるとまた身体が熱くなってしまうので、考えないようにする。
「うん……ごめん。次が休みじゃない日は気をつける」
ちゅ、と軽くキスをされる。それって次が休みの日だったら激しくしますよ、という意味だろうか。
結局、火照る身体をもてあまし、透瑠は「もう少し寝る」と言って怜を追い払った。
今日はアパートの方に帰ろうかと思っていたのだが、怜に断固反対された。
歩いて家に向かおうとしていた透瑠の腕をがっしり掴んできて、ほぼ無理矢理、透瑠の体はメタリックブルーの車に押し込まれた。
「まだキツイでしょ? 俺がいろいろお世話するからっ」
……いろいろお世話って。イヤな予感しかしない。
車の助手席のシートベルトを締める。この席につくのもだいぶ慣れた。まだエアコンの効いていない車内はひんやりとした空気に包まれている。
「……今日は絶対しないからな」
「承知しております……」
ハンドルに突っ伏した腕の隙間から、ものすごく残念そうな声が漏れ出てくる。そういうところ、正直すぎる。
求められることは嬉しい。そしてかまってくれるのも本当はすごく嬉しい。けれど周囲の目も気にせず透瑠ばかり最優先しすぎるのはいかがなものか。
「……あんたは過保護すぎだと思う」
そう言うと、怜はがばっと顔を上げて、心外だとでも言うように目を見開いた。
「そんなことないよ。もう他の誰にも渡せないんだから。俺が責任とらなきゃ」
……ペットじゃあるまいし。なんだか気に食わなくて、怜の得意技である膨れっ面をしてみせる。
「わ。透瑠めっちゃ可愛いんだけど。写真撮っていい?」
「ダメ」
抗議の意が全然伝わらない。
ちぇっ、と元祖膨れっ面を披露しながらこちらを横目で睨む。そのあと急に真面目な顔でのぞきこんできた。
「……透瑠もだよ」
「何が?」
内心どきりとして、腕を組んでそっぽを向いて尋ねる。
「透瑠も、俺をこんなにメロメロにさせた責任とって。――絶対離しちゃダメだからね」
思わず運転席へ視線を投げると、ね、と強烈なウィンクをかましてきた。
ああ、やっぱりこいつには敵わない。たぶん、一生。
そう思うと笑いがこみ上げてきて、透瑠は声を上げて笑ってしまった。
急に笑い出した透瑠に「え? なに?」と不思議そうな顔をしている怜を見て、さらに止まらなくなってしまった。
ちゃんと責任とるよ。一生かけて。
笑いすぎて腹筋が痛くなってきた。訳が分からない、とオロオロしだした最愛のひとに顔を寄せて、透瑠はゆっくりとその唇を塞いだ。
Fin.
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