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第1章 第2話(3)
「まあ、主任のそれは極端すぎるかもしれないですけど、いわゆる遺伝性疾患みたいなのを根治させるとか、そういうのも視野に入れてたりするんじゃない?」
豊田の言葉に群司は頷いた。
「まさにそんな感じです。それも、服用するだけでマルチに作用する万能薬、みたいな」
「おお、なんだかSFっぽくなってきたな。いや、でも俺たちが日々携わってる研究って、まさにそういうことだよな。いまうちの班でやってる多様性幹細胞なんかは、再生医療の一端になるわけで、それをもとに治療薬の開発ってことになっていくわけだしさ」
坂巻が部下たちに同意を求めると、皆、一様に頷いた。
「ですよね。それもあって、アシスタントに応募しました」
「さすが群ちゃん、ぬかりないね! うちの部署も含めて我が社には専門バカがそろってるからさ。困ったことがあったらいくらでも相談に乗るぜ?」
頼りにしてますと群司は殊勝な態度で受け応えた。
「しかし服用するだけでマルチに作用する万能薬かあ。実現するとなれば、間違いなく魔法の薬だよな」
「癌やアレルギー、膠原 病なんかはもちろん、あらゆる指定難病がすべて治るとか、夢みたいな話だね」
「そうなったら俺らは全員、お役御免ってとこだな」
「窓ぎわに追いやられるならまだしも、路頭に迷うのは困るなあ」
話すあいだに注文した料理は次々と届き、所狭しとテーブルを埋め尽くしていく。ビールで乾杯したあとは、それぞれの好みに応じて熱燗や酎ハイ、ハイボールなどが追加注文された。
「じつはもうすでに開発済みで、ごく一部のかぎられた層にだけ出まわってるっていう都市伝説っぽい話、ありますよね」
ウーロンハイを片手に、ほろ酔いの態 で群司は切り出した。同席のメンバーは、専門職ならではの関心を示して群司に視線を集めた。
「へえ、初耳だなあ。それってどんな?」
「あれ? 聞いたことないです? 俺らの周りだと、結構話題になってますよ?」
群司はさも意外そうに言った。
「遺伝性疾患の治療はもちろんなんですけど、どっちかっていうとドーピングっぽい感じがするんですよね」
「ドーピング? っていうと、スポーツ競技なんかで問題視されるやつ?」
「ですです。それのマルチバージョン」
群司の説明に、皆、怪訝な顔をした。
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