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第2章 第1話(2)

 群司は季節はずれの風邪をこじらせて、家でゴロゴロしていた。  滅多に風邪など引かない健康優良児のはずなのだが、その日はめずらしく三十八度近くまで熱が上がって、大学も塾講のバイトも休むことにした。大学はともかく、受験を控えた教え子たちに、ウィルスを撒き散らすわけにはいかない。しっかり休養を取って早く治すにかぎると腹を決めた。  母は、鬼の霍乱(かくらん)ねと笑いながらも昼食の用意をしてくれ、体調が悪化するようなら病院に行くようにと言い置いて、いつもどおりパートに出かけていった。  熱のせいで身体が(だる)く、喉に痛みもあったが、食後に市販の風邪薬を飲むと少しマシになってきた。病院に行く必要はなさそうだと判断して、そのまま自室で横になっていた。いつになく深い眠りに落ちた群司が不意に意識を浮上させたのは、その耳が執拗につづく電話の着信音をとらえたからだった。  鳴っていたのは自宅の電話で、群司がハッと気づいた途端に音が途切れた。だが、間を置かずふたたびリビングのほうで甲高い音が鳴り響く。性急なその鳴りかたに、ひどく嫌な予感がした。  母や自分の携帯ではなく、自宅の電話に立てつづけにかけてくる人物が思いあたらなかった。  あわてて飛び起きた群司は、自室を飛び出してリビングの電話を取った。 「もしもし?」  受話器の向こうで、かすかに息を呑む気配がした。 「あの、どちらさま――」 『群司か?』  わずかな間を置いて聞こえてきたのは、耳慣れた人物の声だった。 「……父さん?」  なぜこんな時間に家の電話に、と疑問を感じた。 『おまえ、学校は?』 「いや、今日ちょっと風邪引いてて――」 『母さんは?』  自分が訊いたくせに、父は群司の言葉を遮って問いを重ねる。その様子に、不審をおぼえた。  仕事柄、滅多なことでは動じないはずの父の声が、ひどく上擦っているように聞こえた。 「パートだけど。駅前のスーパーのレジ打ち」 『遅くなるのか?』 「いや、たぶん五時過ぎくらいには――、……なんかあった?」  たまりかねて群司は尋ねた。訊かずにはいられないほど、その声の調子はおかしかった。自分が知るかぎり、こんな父はあり得ない。受話器を握る手に、力がこもった。

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