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第2章 第1話(3)

「父さん?」  群司の問いかけに、父は一瞬押し黙った。流れる沈黙のその向こうで、躊躇(ためら)いが感じられる。  なにかを言いかけるように父はやがて息を吸いこみ、けれどもそのまま、言葉を呑みこんだ。 「父さん、なんか変じゃない? ほんとにどうかし――」 『群司』  父はまたしても群司の言葉を途中で遮った。かすかに漏れ聞こえた吐息がふるえた気がして、ドキリとした。 『群司、母さんが帰ってきたら、すぐに私の携帯に電話をするよう伝えてくれ。優悟が……死んだ』 「……え?」  反射的に訊き返して、だが最後の言葉を聞いた瞬間、心臓がバクンと大きすぎる鼓動を刻んだ。  群司の頭は、直後に真っ白になった。父はふたたび沈黙している。 「――え、なに? いまなんか、ちょっと……」  掌から汗が噴き出して、意味もなく笑おうとした口の端が小刻みにふるえた。一度大きく拍動した心臓は直後から暴走をはじめて、受話器を押しあてる耳の中でもドクドクと激しい雑音を響かせていた。  ああ、体調が悪いときに電話になんか出るものじゃない。  心の中でそんなことを思いながら、手や膝が、信じられないほどふるえていることに気づいた。 「……あの、ごめん。いま、よく聞こえなかった。ってか、聞き間違えたっぽい。俺、いま具合悪くて。熱あって、たったいままで寝てたから。薬のせいでまだ、脳みそ起きてなかったみたい」  群司はまくし立ててへらっと笑う。 『群司』  焦ったぁと呟いて、さらにハハッと笑った。 「兄貴が死んだとか聞こえちゃったよ。メチャクチャ耳おかしい。熱のせいかな。俺、やっぱいまから病院行って――」 『群司!』  父の声に、全身がビクッとなった。  受話器越しに、重い空気が伝わってくる。 『具合が悪いとこ、すまん。とにかくそういうわけだから、母さんが帰ってきたら、折り返し電話をくれるよう必ず伝えてほしい』 「え? いや、だから俺、いまちゃんと聞こえてなくて」 『聞き間違えてない。おまえが聞いたとおりで合ってる』 「合って……って、まさかそんな……」  群司は困惑をまぎらすように失笑を漏らし、だがその直後、急速に体温が奪われていく錯覚に陥った。頬の筋肉がかつて経験したおぼえがないほど強く引き攣れて、顔の表面が膜におおわれたように硬張(こわば)っていく。 「……え、まさかほんとに?」 『そうだ』 「兄貴が?」 『そうだ』  そんな、と呟いた声は、自分が発したものとは思えない、ひどく遠い場所で聞こえた。

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