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第2章 第2話(4)
理由はそれ以外にもある。
遺品整理に訪れた兄のマンションには、居住している形跡がまるで見当たらなかった。むろん、兄の名義で賃貸借契約は結ばれており、そこに置かれているすべての私物が兄のものだった。だが、部屋の空気は澱んで停滞しており、あらゆるものに埃が積もっていた。
随分長いこと放置されている。そんな印象が強く残った。少なくとも、週単位やひと月ふた月といった程度でないことはあきらかだった。
兄は、あの部屋にどれだけ帰っていなかったのだろう。
遺品の中に携帯は見当たらず、恋人らしき存在を匂わせるものもなにひとつ見当たらないままだった。
そして父は、いまもなお警視庁に籍を置いている。兄の死因が薬物使用によるもので、その薬物が、法の規制からはずれるものであったにもかかわらず、である。
さまざまなことが腑に落ちない。
兄の使用した薬物の種類を、母も群司も、なぜか教えてもらうことはできなかった。ひょっとしたら、父だけは教えてもらったのかもしれない。そう思って尋ねてみたが、父は黙してなにも語らなかった。
連絡が途絶えていたあいだ、兄はどこで、なにをしていたのだろう。
まともに思考が働くようになってくると、抱いたひとつの疑念からさらなる疑念が次々に湧いてきて、群司の中に不審を募らせていった。
ひとつも納得がいかない。
ある噂を耳にしたのは、そんなさなかのことだった。
一部のセレブや、政財界の大物たちのあいだで流行っているという『魔法の薬』。
ゼミ仲間のひとりが、どこからか仕入れてきた噂を話のタネにと披露したのが最初だった。
永遠の若さと美貌。健康で強靱な肉体。並外れた知性と常人には遠く及ばない発想力、思考力、先見の明に判断力、決断力。
およそ人間が求めるあらゆる欲望を、その『薬』は単品で叶えてしまうという。
友人はただの都市伝説だと笑っていたし、馬鹿話に興じていた仲間たちも皆、だれひとりその話を信じていなかった。だが、専攻が専攻だけに、そんな薬を実際に開発するとすれば、どういった方面からアプローチするのが最善かという流れで盛り上がった。
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