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第2章 第2話(3)

 居酒屋に入ったのもそれなりに遅い時間だったので、軽く食べて飲んで、早々に兄弟での飲み会はお開きとなった。おそらく、一時間にも満たなかっただろう。  兄弟の気安さから遠慮なく会計は兄に持ってもらい、またそのうちと、挨拶をして店のまえで別れた。その兄の携帯に、着信があった。スマホを手にとった兄は、画面を確認して電話に出た。 『なんだ、ルイか。めずらしいな、こんな時間に。どうした?』  その口調に、立ち去りかけていた群司はふと足を止めた。 『ああ、いや。まだ外。少し呑んでた。これから帰るとこ』  なんだかやけに嬉しそうで、これまでに聞いたこともないような、優しげな口調だった。  おや?と思った。同時に、ひょっとして、とも。  立ち止まったまま様子を窺っている群司に気づいた兄が、もう一度軽く手を挙げる。そしてそのまま、電話の向こうのだれかと話しながら雑踏の中へと消えていった。  あんな兄の様子ははじめて見た気がする。思って、群司もまた(きびす)を返しながら口許をほころばせた。  付き合っている相手はこれまでにも何人かいたようだが、結婚という話には一度もならなかった。だが今度こそ、祝い酒で乾杯をする日が来るのかもしれないと思った。それも、そう遠くない未来に。  少し照れくさい反面、兄にあんな顔をさせる相手ができたことを素直に喜ばしく思った。仕事が落ち着いたころにでも、気まぐれに連絡をよこすか、母の手料理を食べに家に立ち寄ることもあるだろう。そのときには根掘り葉掘り探りを入れて、相手の情報を引き出してやろう。そんなことを思っていた。わずかひと月後にこんな事態になるなど、想定すらしていなかった――  そうして最初のうちは、気持ちに折り合いをつけることもできずに茫然と過ごし、それが落ち着いてきたころになって、兄の死に、まったく納得していない自分に気がついた。肉親との別れを受け容れられないとか、そういうことではない。もちろん、そういう部分もあるにはあった。だが、そうではなく、死因そのものに納得がいかなかったのだ。  兄の死は、薬物の過剰摂取による中毒死だった。  血中のアルコール濃度もかなり高い数値を示しており、その結果、両者によって引き起こされたオーバードーズが直接の死因とのことだった。  そんなことが、あり得るだろうか。  身内ゆえの身贔屓(みびいき)から言うわけではない。兄は、警察官として職責を担うことに誇りを持っていた。その兄が、自分から警察官を辞めるとは到底思えなかったし、仮になんらかの事情で辞職したにせよ、アルコールに溺れるような堕ちかたをするはずがなかった。自分が最後に会ったときも、そんな様子はまったく見受けられなかった。薬物など、もってのほかだろう。

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