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第2章 第2話(6)
「黒い噂?」
重ねて尋ねた群司に、同級生の近松 は頷いた。
「そうなんだよ。やっぱ飲んだだけで、自分の遺伝子構造に影響及ぼすほどすげえ威力がある薬なわけじゃん? だから、危険ドラッグどころじゃない人格破壊を最終的には引き起こすとか、子孫繁栄に壊滅的ダメージを与える遺伝子異常が引き起こされるとか、なんかその手の副作用が出るらしいとかなんとか?」
「飲みつづけないと効果はすぐに消えるどころか強い禁断症状が出るとか、一度手を出すとあっという間に依存の沼に嵌まるとか、かなりヤバいらしいって話も出てる」
近松の言葉を、隣の上級生が補足した。
「それでマトリや警察?」
群司の問いかけに、ふたりは頷いた。
「いや、けど噂、ですよね? あ、いや、黒い噂云々以前に、魔法の薬の存在そのものが」
前半は上級生に、後半は近松と上級生のふたりに向けて言葉を発する。だがふたりは、そんな群司にわかってないなぁとリアクションした。
「八神、フェリスが現実に存在するかどうかはこの際どうでもいいんだよ。俺たちはいま、人類の夢と欲望を叶える魔法の薬がこの世に生み出された場合を想定して、あれやこれやを議論してるんだから」
「あ、うん、そうか。まあ、そうだな」
至極真面目な顔で言われてしまっては、そう応じるよりほかにない。だがこれによって、群司の中で出口が見えずに悶々としつづけていた思考にかすかな光が差した気がした。
「なんだグン、ひとりだけ涼しい顔しやがって。イケメンだからってナメんなよ」
「いや、なんだその言いがかり。べつにナメてないだろ」
「いいや、俺らのこと完璧ナメてたね。なんだこいつら、いい歳してまだ厨二くせえとか思ってただろ」
「思ってない思ってない。むしろ興味深く聞いてたって」
級友たちに絡まれながら、群司は弁明した。
彼らに兄のことは話していない。だが、学校を休む際に担当教授には連絡を入れたので、なんらかの伝達はされたのだろう。それでも彼らは殊更なにも言わず、ふたたび学校に通いはじめた群司をいつもどおりに受け容れてくれた。独りぼんやりすることが多くなった群司を気遣いつつ、適度な距離を保って放置しておいてくれる。その匙加減にずっと感謝していたところだった。そして今回のことで、感謝の気持ちは一層深まった。彼らのもたらしてくれた情報は、それほどまでに群司にとって重要で、貴重なものだった。
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