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第3章 第1話(2)
とりあえず了承は得たものとして群司も席に着き、通常より軽く三~四割増しになっているだろうカツカレーを食べはじめる。食べながらも、なんとなく視界に入るので、正面にいるその人物をぼんやりと眺めていた。
とりたててじろじろ不躾 な視線を送ったつもりはない。今後のことについて思案を巡らせるうち、無意識のうちに視界に入るものを目で追っていたというのが正しい。だが、機械的に食べ物を口に運んでいるふうだった相手が、不意に群司のほうへ視線を向けた。直後に、小さく息を呑む。いや、大勢の社員たちで賑わう食堂内にあって、実際にその音が聞き取れたわけではない。ビクッとかすかに反応した躰の動きと口の形から、群司がそう感じただけだった。
ずっと俯きがちで、貌 の造作すらわかりづらかった相手とはじめてまともに目が合う。
なにものにも無関心で、それどころかすべてを徹底的に拒むような雰囲気を持ち合わせていた相手が見せた、思いがけない反応。その意外すぎる反応に、群司のほうが逆に動揺をおぼえた。え?と思う気持ちと、そんな反応をさせてしまうような目つきで見ていただろうかという焦りが生じた。同時に、その容姿が想像を遙かに超えて整っていたことも、心臓の鼓動を跳ね上げる要因になったかもしれない。
「あっ、と……いや、その……っ」
自分でもなにを言うつもりかよくわからないまま、群司は咄嗟に呟いていた。
「えっと、すみません。あの、俺……」
だが、言葉を重ねようとするまえに、ふたりのあいだに流れていた緊張は途切れた。
群司を捕らえていた視線が逸らされる。同時に、直前に見せた反応さえ見間違えであるかのように、スッと表情が消えた。拒絶の幕が下りたのが、目に見えるようだった。
素の感情が露わになった瞬間、表層に浮かび上がった本来の華やかさは急速になりをひそめ、瞬く間に周囲の空気に融けこんで目立たなくなった。そのあざやかな変容に、今度は群司が息を呑む番だった。
やはりなにを言うべきか言葉が見つからないまま、それでも声をかけるとっかかりを見つけようと群司は口を開こうとする。と、そのとき。
「お~、群ちゃん、お疲れ!」
すぐわきを通りかかった人物に声をかけられた。先日、飲みの席に誘ってくれたバイオ医薬研究部の坂巻だった。
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