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第5章 第1話(2)
「こんにちは。こんなところで奇遇ね」
「あ、どうも。こんにちは」
群司はすぐそばまで近づいて挨拶をした。
「どちらかへお出掛け? 今日はいつもと雰囲気が違うのね。あ、それとも就職活動かしら」
「え? あ、いや、違います」
心配そうに訊かれて、群司は否定した。
「個人的に、少し用があっただけです。もう終わりました」
「そうなの? よかった。最近は土日に面接や選考をする企業も増えてきてるっていうでしょう? スーツでビシッとキメてるから、ひょっとして、って、ちょっとドキッとしちゃった」
屈託のない笑顔を向けられて、群司は複雑な心境になった。
兄と関係のあった女性は、彼女ではないのかという疑念が拭い去れない。一周忌の法要を済ませた直後であるからなおのこと、彼女との邂逅は、偶然ではないのではと勘ぐらずにいられなかった。
彼女もひょっとして、墓参の目的で訪れたのではあるまいか。でなければこんなふうに、菩提寺の近くでタイミングよく遭遇することなどあるだろうか。
「天城顧問は、もしかしてデートですか?」
さりげなさを装って尋ねた群司に、天城瑠唯は目を瞠る。あまりに意想外な質問だったのか、きょとんとした反応だった。
「あ、すみません。不躾 でしたね」
「いいえ、いいのよ。そんなふうに思ってもらえるなんて光栄だわ。でも残念ながら、そんな素敵な用事じゃないの」
誘ってくださるような殿方もいないし、と美貌の社長令嬢は冗談めかした口調で言った。
「父の名代で、古くからお付き合いのある代議士の先生のお宅に、ご挨拶に伺ったところだったの」
「そう、でしたか」
ただの偶然だとわかって拍子抜けする反面、群司の疑念はなおもすっきりと晴れることはなかった。
あの夜、兄の携帯に電話をかけてきた人物は彼女ではなかったのか。
もしまったくの別人で、天城製薬とも無関係であるとするなら、掴んだと思った手がかりが消えることになる。そもそも、兄がフェリスの件にまったく関わっていなかったのだとしたら……。
自分のしていることが、時折見当違いな方向を向いているような気がして焦りをおぼえることがある。だがそれでも、いまはわずかな可能性を信じてまえに進みつづけるよりほかなかった。
諦めたら、そこで終わる。なにより、群司は兄の潔白を信じていた。
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