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第5章 第1話(4)

「気にかけていただいて、ありがとうございます。採用の件も、配慮してもらえるよう人事に話を通していただいたみたいで」  群司は殊勝な態度で相手の反応を窺った。天城瑠唯は、それに対してゆったりと落ち着いた表情を見せた。 「優秀な人材を逃さないためだもの。そのくらいの融通は利かせて当然よ」 「すみません。お話をいただいたまま、返答を保留にした状態がつづいていて」 「気にしなくてかまわないわ。将来を決める重要な決断なんだから。じっくり考えて、悔いのない選択をしてくれればそれでいいの。ただ、余所(よそ)に行かれてしまうくらいならば、ぜひうちに来てほしいなっていうのがこちらの希望なんだけれど」 「そうですね。とても働きやすい環境なので、進学しない場合は、ぜひお世話になりたいと思ってます」 「楽しみにしてるわ」  アミューズとして運ばれてきた牡蠣(かき)のコンフィを上品に口許に運びながら、令嬢は嫣然(えんぜん)と微笑した。 「あの、でもどうして俺なんですか?」  オードブル、パスタ、肉料理、ブイヤベースと食事が進んで行く中で群司は尋ねた。 「坂巻主任とか早乙女さんとか、バイオ医薬研究部や薬理研究部だけでも、天城製薬には優秀な方たちがそろってますよね? いまさら俺ひとりにそこまでしていただけるのはどうしてなんだろうって、いまいち腑に落ちないというか、ずっと気になってて」  群司の問いかけに、天城瑠唯は「そうね」と真摯に考えこむ様子を見せながら答えた。 「たしかに皆さん、優秀で得がたい方たちばかりだけれど、そこに八神くんみたいな人がさらに加わってくれたら、もっといいものが創れるんじゃないかって思ったの」 「俺みたいな、というと?」 「最後の質問のときに、あなた、遺伝子編集について言及していたでしょう? 大学でそういう研究をしているって」 「ええ、言いました」 「あのときお話ししたと思うけど、わたし、以前はこうして気軽に出歩けないほど身体が弱かったの」  いまのこの姿を見たら、たいしたことがなさそうに見えるでしょうけれどと令嬢は軽い口ぶりで言った。

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