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第7章 第1話(3)
左頬を殴られ、早乙女がよろける。それでもなお、抵抗も反論もしないことに苛立った男がふたたび拳を振り上げた。様子を見ていた周囲の人々の口からどよめきが起こった。群司はその瞬間、動いていた。
地を蹴って、男の背後に素早く近づく。その拳が振り下ろされるすんでのところで手首を掴み、しっかりと押さえこんだ。
「――っ! なんだテメエっ!?」
突然あいだに割って入った第三者の存在に、動転した男の声が裏返った。
「その辺にしておいたほうがいいですよ。気持ちはわかるけど、暴力じゃなにも解決しない」
群司が静かに言い諭すと、一瞬気圧 されたように腰を引いた男は、直後に真っ赤になって掴まれている腕を乱暴に振り払い、群司を突き飛ばした。
「うるせぇっ! テメエになにがわかるっ。それともおまえもあの人殺し会社の社員か!?」
「そうですね、社員じゃないけど、一応関係者です。そこで働いてるので」
「八神っ」
咎めるような声が飛んできた。声の主は早乙女だった。
群司が視線をやると、早乙女は血の気の失せた顔で群司を見返し、無言のまま小さくかぶりを振った。余計なことはなにも言うなということらしい。
群司が引き下がったのを見て小さく息をついた早乙女は、あらためて男に向きなおる。白い頬に血色はまだ戻らなかったが、いつもの調子をだいぶ取り戻していた。
「ご子息の件に関しましては、本当にお気の毒なことでした」
早乙女は静かな声で言葉を紡いだ。
「天城製薬を代表して、心からお悔やみを申し上げます。ですが、弊社の治療薬のことについては、この場で私から申し上げられることはなにもありません。どうしてもご納得いただけない部分がおありということでしたら、然 るべき手順を踏んで、法務部のほうへお話を通していただければと思います。安全管理部や薬事監査部なども交えて、きちんと内容を精査したうえでこちらに非があると判断した場合には、それなりの対応をさせていただきますので」
早乙女の淡々とした態度に、男は口許を歪めて押し黙った。
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