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第7章 第2話(2)
「腕を怪我しているところに荷物になってしまうかもしれないが、さほど重い物ではないし、なんだったらタクシーを使ってくれてかまわないから」
タクシー券を用意させるという門脇に、さすがにそこまでは甘えられないと固辞した。
「あの、ほんとに大丈夫ですんで。それじゃあ、ありがたくいただきます」
ここで押し問答になっても門脇が困るだろうと、群司は受け取ることにした。
「今日、天城顧問は……」
「会社にはいらしてないよ。お身体のことがあるからね。出社されるのは月に数度だ」
「それじゃあ、部長からお礼を伝えておいていただけますか? あと、次に出社されたときには、できれば直接自分の口でお礼を言いたいんですが」
「ああ、そうだね。そのほうが天城顧問も喜ばれるだろう」
あらかじめ予定がわかったときには教えると約束してくれた。
「それから、ついでのようで申し訳ないんですが」
群司は話の延長で切り出した。
「先日の採用のお話って、まだ有効ですか?」
「ん? ああ、もちろん」
「であれば、ぜひお世話になりたいと思うんですが」
群司の言葉を聞いた門脇は、一瞬間をおいてから「そうか」と応じた。
「うちに決めてくれたか。しかし、進学のほうはよかったのかな?」
「そうですね。自分なりにいろいろ考えてみたんですが、長い目で見たときに、研究室に残るより、企業で研究の道に進むほうが向いてるかなと思いまして。そのほうが親も安心すると思いますし」
もう一度「そうか」と頷いた門脇は、それから不意に相好を崩した。
「そういうことならば人事には早速私から話を通しておこう。歓迎するよ、八神くん。天城特別顧問もさぞ喜ばれることだろう」
「充分に考える時間をくださって、ありがとうございました」
「いや、いや、一生を決める大事なことだからね。だが、君を仲間に迎えることができるとわかって私も嬉しいよ」
無理をしないように、今日はもう家に帰ってゆっくり休みなさいと言う。群司は失礼しますと挨拶をして門脇の許を辞した。その足で、今度は坂巻班の豊田の許へ向かう。群司の顔を見るなり豊田は立ち上がり、大丈夫かと具合を尋ねた。
「昨日はありがとうございました」
「とんでもない。十針以上縫ったってね。まだ痛むんじゃない?」
「いえ、それほどでも。さっきここに来るまえに病院で傷の状態を診てもらってきたんですけど、これならすぐ傷口もくっついて痕も目立たなくなるだろうってことだったので」
「そう? だったらいいんだけど」
眉を曇らせる豊田に、お騒がせしてすみませんでしたと群司は頭を下げた。
「お~、群ちゃん、聞いたよ。名誉の負傷だってな」
島全体を見渡せる主任席から、坂巻の声が飛んできた。群司はそれに対して、名誉かどうかはわかりませんけどねと笑った。
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