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第7章 第2話(4)

「ところで俺、警察には出向かなくていいんですかね? 必要があれば、今日は挨拶に顔出しただけなんで、このあと行ってきますけど。早乙女さん、なにか聞いて――」 「必要ない」  言葉の途中で、早乙女が切って捨てるように言った。 「昨日、必要な話はすべて済ませてきた。君はただの通りすがりで、それ以上でもそれ以下でもない」 「いや、でも……」 「それから」  食い下がろうとした群司の言葉を遮って、早乙女は付け加えた。 「余計なお節介を焼くのは君の性分なのかもしれないが、会社の人間でもない部外者に首をつっこまれると、あとあとの話が面倒になる。今後、余計な(くちばし)は挟まないでほしい」  口許の傷のせいでひどく話しづらそうだったが、それでも早口に言いきった。  口を開きかけた群司は、結局、言葉を呑みこんで息をついた。 「わかりました。これからは出しゃばらないように気をつけます」  言ったあとで、でも、と付け加えた。 「来年、おなじようなことがあったら、そのときは遠慮なく自分の判断で首つっこませてもらいますんで」 「……っ。それはどういう――」 「俺、来年からここの社員になる予定なんで。そしたらもう、部外者じゃなくなるでしょう?」  我ながら子供じみた反撃をしていると思いながらも、言わずにはいられなかった。これのどこが、群司の怪我を気にかけて、その原因を作ったことに負い目を感じている人間の態度だというのか。  早乙女はかすかに目を瞠り、息を喘がせた。 「どうしてそんな……」 「俺は研究者には向かない。そういう話でしたね。けど、向いているかどうかは、あなたではなく、会社の判断に任せます」  群司は挑戦的な態度を崩さず、言下に言いきった。 「少なくとも会社側は、俺にある程度の価値は見いだしてくれてるようですからね。就職難のこの時代に、なかなかここまで優遇してもらえることなんて普通はあり得ないと思うんです」 「だからそれに乗っかることにした、と?」 「いけませんか?」  切りこむように尋ねると、早乙女は視線を泳がせた。 「進学、は?」 「そうですね、それも一応迷ったんですが、おなじ研究の道に進むなら、社会人になって給料をもらえたほうが親も安心するかなって」  言って、群司は肩を竦めた。 「うちね、両親が離婚して、母親とふたり暮らしなんですよ。そういう意味でも、いつまでも脛を囓ってるわけにいかないですしね」  業界最大手の製薬会社の正社員なら、母もきっと喜びます。群司がそう言うと、早乙女はわずかに左側に腫れが残る口許を引き結んだ。 「早乙女さんにとっては本意ではないでしょうけど、そういうことで来年からはおそらく本格的にお世話になると思いますんで、ひとまずご挨拶にと思いまして。昨日の一件も含めて」  硬い表情を崩さない早乙女に、群司はにっこりと愛想よく言った。 「お仕事のお邪魔をしてすみませんでした。俺、今日はアシスタントのバイトは入ってないんで、これで失礼します。もし事情聴取の件で必要があれば、バイオ医薬研究部に話を通してもらって、俺の連絡先、警察に伝えてもらうようにしていただいてかまわないんで」  群司はそれだけを言うと頭を下げ、早乙女の許を辞した。 「お大事に」  背中に投げられた小さな声が、負け惜しみなのかどうかまではわからなかった。

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