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第8章 第1話(1)

 遺伝性自己炎症疾患。  天城瑠唯が生まれながらに抱えていたという疾患は、患者数自体が非常に少ない難治性疾患だった。  調べられるかぎりの症例を当たってみたが、いまのところ有効と見られる治療法はいくつかあるものの、確立された治療手段は見つかっていない。治療薬に関する報告も、どこにも上がっていなかった。  天城製薬で製造している医薬品についても同様である。  この病気は、自然免疫に関わる構成分子の機能獲得変異や、核酸の代謝・細胞質内の核酸認識に関与する遺伝子の変異などによって起こるとされている。だが、それらの原因遺伝子のいずれかを特定して修正するような製品を見つけ出すことはできなかった。  大学の図書館で研究論文を片っ端から漁り、アシスタント業務の合間にも、天城製薬で製品化した新薬の情報を直近のものから遡って調べてみたが、得られた情報は皆無だった。天城製薬の研究チームがまとめ上げた論文にも、該当しそうな治療薬の候補すら挙がってこなかった。  では、天城瑠唯をあそこまで回復させた治療薬はなんだったのか……。  まだ治験の段階ということも考えられるが、開発途中のものを、よりによって自社の社長令嬢で(ため)す、などということがあるだろうか。  むろん、それだけ一刻の猶予もならない病状にあったのだという可能性もある。だが、群司の脳裡には、まだ時期尚早であるとしながらも、どうしてもひとつの名前と切り離して考えることができなくなっていた。  フェリス――  天城瑠唯は、ひょっとしてフェリシアンなのではないか。  知性、若さ、美しさ、健康――人間の欲するあらゆる欲望を叶える魔法の薬。だがそれは、魔法の力に頼る者を着実に破滅へと追い落としていく。  天国か、地獄か……。 「八神くん」  背後から名を呼ばれて、群司は振り返った。そこにいたのは、バイオ医薬研究部部長の門脇だった。 「いま、少しいいかな?」 「あ、はい」  群司は立ち上がった。 「今日の午後、天城特別顧問がいらっしゃるそうだよ」 「あ、それじゃあ」  言いかけた群司に、門脇は頷いた。 「このあいだの件のお礼を直接ご本人にってことだね? 天城顧問のほうでも、君に話があるそうだから、行ってくるといい。十四時に、創薬本部の第三会議室だそうだ」 「わかりました。ありがとうございます」  群司が頭を下げると、門脇は満足げな様子を見せて去っていった。その群司に、隣の島から声がかかった。

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