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第8章 第1話(2)

「ごめん八神くん、立てつづけに。いま、大丈夫?」 「あ、はい。大丈夫です」 「君宛に電話なんだけど、そっちまわしていい?」 「俺にですか?」  社員でない自分に電話がかかってくることなどこれまでなかったため、群司は思わず訊き返した。 「新宿署の刑事さん。大島さんだって」  言われて納得した。  電話をまわしてくれるよう頼んで、群司は席に着いた。すぐさま内線が鳴って、受話器を取る。 『あ~、お仕事中にすみません。私、新宿警察署の大島と申しますが、八神群司さんでお間違いないですか?』 「はい、八神群司は僕です。ひょっとして、先日の件で?」  やはり群司にも、事情聴取をしておきたいということだろうか。そんなことを思いながら尋ねると、大島は電話の向こうで『あ~いや、それがですね』と妙に歯切れの悪い物言いをした。 『八神さん、お怪我の具合は如何ですか?』 「大丈夫です。たいしたことはりませんでしたから」 『いや、でも結構縫ったって聞いてますけど』 「まあ、勢いよくスパッといっちゃったみたいなんで。ただ、経過は悪くないので問題はありません」 『そうですか、それならよかったです。くれぐれもお大事に』 「ありがとうございます」  それで、と大島はつづけた。口調があらたまったことで、本題に入るのだとわかった。 『その後八神さんは、藤川――先日の加害者には会われてないですよね?』 「……は?」  思わずといった具合に声が出た。訊かれている意味がよく理解できなかった。 『あ、いや。おかしな質問をしてるっていうのはわかってるんですがね』  電話の向こうで困っているような声がした。 『その、数日前から藤川と連絡がつかなくなりまして。自宅のほうにも帰ってないようでして、奥さんもだいぶ心配されてるんですよ』 「……あの、俺はあの日以来、お会いしたことも見かけたこともありませんけど」  群司が答えると、大島はそうですよねと相槌を打った。 『早乙女さんもご存じないってことでしたし、藤川本人もあの日のことはだいぶ悔やんでるようでしたから、もう無茶な真似はしないと思うんですけどね。ただ、万一ということもありますので、一応お知らせしておこうと思いまして』 「わかりました。こちらのほうでも気をつけておくようにします」 『そうしてください。我々も、なるべく早く連絡が取れるよう最善を尽くしますんで』  なにかあったときのためにと群司は自分の携帯の番号を教え、先方の連絡先も確認して通話を切った。  天城製薬に恨みを持つ男が行方(ゆくえ)をくらまし、消息を絶った。  なにがどうとはうまく説明がつかないが、胸がざわつくような、ひどく嫌な予感がした。

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