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第11章 第3話(3)

 群司が食事管理をしてやらないと、如月は簡単に食べることを後回しにしてしまう。今日も食べずに過ごすのだろうか。それ以前に、群司が来ないことをどう思っているだろう。それとも、如月もマンションを訪れていないのか。  余計なことは考えるまいと思っていても、頭からずっと、如月のことが離れない。結局きちんと見ることのなかった動画の内容も気にかかっているし、つくづく厄介な性分だと思った。  これまでであれば、恋愛相談にかこつけて坂巻に愚痴を聞いてもらっていたところだが、あの日以来、微妙に距離ができていた。  お互い、以前と変わらない態度で接しているにもかかわらず、坂巻が群司に声をかけてくる頻度はあきらかに減っている。思いきって群司のほうから近づいても、坂巻のほうでなぜか壁を作っているような気がした。  そして昨日、坂巻は会社に来ていなかった。身内に不幸があったとかで忌引き休暇を取ったという。 『なんかね、奥さんが亡くなったらしくて』  直属の部下である豊田から事情を聞かされて、群司は言葉を失った。 『……病気、ですか? それとも事故?』 『いや、病気だったみたいだね。僕らもなにも聞かされてなかったから驚いて』  最後に飲みに行った日、ふたりの馴れ初めについて聞かされていただけに、なんと言えばいいのかわからなかった。  坂巻の取った行動は、このこととなにか関係していたのだろうか。  如月のこと。兄のこと。坂巻のこと。考えなければならないことがあまりにも多い。  ふたたび溜息が漏れそうになるのを、群司はなんとか呑みこんだ。と、そのとき、すれ違いざまに向こうから来た相手と肩がぶつかる。 「あ、すみません」  咄嗟に謝罪の言葉を口にして、何気なく相手のほうを見やった群司は途端にギクリとした。  頭の隅でなんとなく気にかけてはいたが、あれからひと月半以上が過ぎている。正直、顔の輪郭もうろ覚えになっていて、街中ですれ違っても見分けられる自信はなかった。だが、その姿を目にした瞬間、すぐにピンときた。  ()けた頬。落ち窪んだ眼窩。無精髭が生えていて、焦点の合わない虚ろな眼差しに生気はなかったが、いまぶつかったのは、間違いなく藤川という男だった。天城製薬の社屋のまえで、息子を殺されたと騒いで如月に刃物で襲いかかった人物。  自分でも、どうしてわかったのかと不思議に思うほど、その様相は別人のように面変わりしていたが、それでも間違いないと直感した。

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