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第16章 第1話(2)

「君にはすっかり嫌われてしまったようだ。残念だよ、君となら上手くやっていけそうだと思っていたんだけどね」 「無理ですね。こんな人の生命と心を弄ぶような人間と、相容れることなんて俺にはできない」 「弄ぶだなんて心外だな。そんなつもりは毛頭ないよ。私はむしろ、人々の望みを叶え、幸せにするために尽力しているのだから」 「その尽力した結果があれですか?」  群司は舞台を映しているモニターのひとつを顎先で示した。そこに、いまなお荒れ狂う、藤川の成れの果てともいえる姿があった。  観客への安全を配慮したためだろう。リング上に鉄の檻が下ろされている。その中に閉じこめられ、暴れながら咆吼を放つ一頭の獣。その躰つきは群司が会場で目にしたときより、さらに筋肉が発達して全体に膨れ上がっているように見えた。 「そうだよ、あの男はこうなることを望んでいた。いや、いまはまだ、望んだ結果にはなっていない。だが、これを受け入れたあとに褒美を与えてやることになっている。私だって人の心は持ち合わせているからね。言っただろう? 彼の気持ちは私にも痛いほどわかると」 「亡くなった子供に再会させてやる。薬を飲む条件の、それが褒美ですか? でもそれは、亡くなったお子さんが生きかえるってことじゃないですよね?」 「むろんそれは不可能だ。私は神様じゃないからね。だが、あの世で再会させてやる、などと言うつもりもないよ。ちゃんと、この世で会わせてやるつもりだ。約束は(たが)えない」 「あなたが、ですか?」  しん、と静寂が訪れた。  切りこむ鋭さで、決定打を口にした群司をアーモンド型の美しい双眸がじっと見据える。その口許の両端が、直後に大きく吊り上がった。 「やはり素晴らしいな、君は。こんな短期間でちゃんと真実にたどり着いた。いったいどうやって、というのも愚問だろうねえ?」 「そうですね、あなたも俺が何者であるかはすでに把握済みでしょうから。」  クッと喉を鳴らした眼前のは、直後に首を仰け反らせて高笑いした。 「さすがだよ、八神群司くん。君は期待以上だな。しかも真実を暴いていながら、ついさっきまで、そんなことはおくびにも出さなかった。影でコソコソ嗅ぎまわってはいたがね。君の兄上のように」  後ろ手に拘束されている群司の指先が、ピクリと反応した。 『データには残せなかったが、黒幕は天城瑠唯を装った社長の嘉文(よしふみ)で間違いない。本物は、すでに死んでいる』  音声解析によってあきらかとなった、兄の言葉。  兄は言った。本物の天城瑠唯は、十一年前にすでに死亡しているのだと。そしていま、『天城瑠唯』を名乗って顧問の座に就いているのは、フェリスによって娘の遺伝子を取り入れた、天城製薬社長の嘉文なのだ、と。

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