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第16章 第1話(3)

「……あんたの正体を見破ったのは俺じゃない。兄貴だ。だからあんたは兄貴を始末した。違いますか?」 「私だってつらかったんだよ。できれば無益な殺生などしたくはなかった。だがやむを得なかったんだ。君のお兄さんは、知られてはまずいことまでつきとめてしまったからね」 「実害にしかならない物質を手に入れるため、あんたがフェリス博士を手にかけたことも含めてですか?」 「ああ、やはり彼はそこまで調べあげていたんだね」  どうあっても二十代の女性でしかない美貌に、悪辣な笑みが浮かんだ。 「まったく困ったことだ。それほどの能力があるのなら、もっと別のことに活かせばよかったものを」  そうすれば、あたら若い生命を散らすこともなかったろうにというしらじらしい物言いに、喉の奥から沸騰したような怒りがこみあげた。 「能力があるからこそ、兄貴は単独で真相を暴く直前までたどり着いて、なんとしてもこの凶行を止めようとしたんだ。フェリス博士のことについて、兄貴がどこまで調べていたのか俺にはわからない。残された記録の中に、そこまでの情報はなかったから。それでも『天城瑠唯』の実体がわかれば、フェリス博士の身に起こったことは容易に想像がつく」 「なるほど、君たち兄弟ふたりの共同作業の結果、見事に真相に迫ることができたというわけだ」  美しい兄弟愛だと天城瑠唯――否、娘の皮をかぶった天城嘉文は嗤った。  知らぬ間に、そんな相手に詰め寄ろうとしていたのだろう。群司は黒服のひとりに乱暴に引き戻されてわずかによろけた。その黒服を撥ね除けるように両足を踏ん張る。 「なぜフェリス博士を殺したんです? 博士がいれば、あんたの望む薬はもっと早い段階で完成させられたはずだ。開発にこれほどの時間や労力を費やさなくて済んだんじゃないですか?」 「そうできるなら、そうしていたさ」  天城嘉文は皮肉げに鼻を鳴らした。 「私だって必死だった。娘の生命がかかっていたんだ。金は惜しまないし、望むなら好きなだけ地位も名誉もくれてやると何度も足を運んで交渉を持ちかけた。土下座までして事情を訴えた。だが、奴は決してうんと言わなかった。それどころか研究をすぐにも中止して、発見した物質も、これまでの記録データもすべて破棄するとまで言い出した。あり得ないだろう?」  当時を思い出してか、その声が興奮に上擦った。

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