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エピローグ2

 玄関チャイムが鳴ってドアを開けると、仕事帰りの恋人がスーツ姿で立っていた。 「いらっしゃい。お疲れさまです」  出迎えた群司が笑顔でねぎらいの言葉をかけると、如月は拗ねたように口唇を尖らせた。 「ズルい。課長と結託して騙した」  子供のようにプッと頬を膨らませる如月を、群司は笑いながら抱きしめた。 「ごめんごめん。最初は採用が決まった時点で報告するつもりだったんですけど、立花さんに琉生さんを驚かせたいからって黙ってるように言われて」  こんなにうまく行くと思わなかったと笑う群司の肩に、如月はぐりぐりと頭を押しつけた。 「我が家へようこそ。琉生さんが俺の家にいるなんて夢みたいだな。道、迷いませんでした?」 「平気。送ってくれた地図ですぐわかった」 「そう、よかった。食事の支度、もうできてるんで上がってください」 「おじゃまします。あ、これ、お土産。ワインとチーズ。適当に」 「ありがとうございます」  如月もはじめての訪問でどこか緊張するのか、遠慮がちに言いながら通されたリビングに足を運んだ。 「ここで、独り暮らし?」  生活感溢れる空間を、物珍しげに見やる。群司は荷物を置いた如月を洗面所に案内すると、そこで手を洗ってもらってあらためてリビングとひと続きになっている食卓に如月を座らせた。すでにセッティングを終えたテーブルには、ホウレンソウのソテーとポテトサラダが添えられた煮込みハンバーグが置かれている。 「まえにも言ったとおり、もともと母親と一緒に住んでたんですけどね。親父とまさかの復縁で、自分だけさっさと親父のところに行っちゃったんで置いてきぼりくらいました」  群司は苦笑交じりに肩を竦めた。 「まあ、いまさら親と同居って歳でもないんで、社会人になるタイミングでちょうどよかったかなって」  これからは気軽に往き来できますね、という群司に、如月ははにかみながらも頷いた。 「おかげでいままで親任せだった食事も、自分で用意するようになったんで料理の腕前も上がったんですよ? 今日のこれ、結構自信作です。っていっても、ハンバーグは昨日のうちに下ごしらえしておいたんですけどね」 「うん、すごく美味しそう」  嬉しそうに口許をほころばせたあとで、「でもまだ、『秋川群司』って慣れない」と照れ笑いをした。 「正直、俺もまだ慣れないです。もとの名前に戻っただけなんですけどね。八神姓にもすっかり馴染んでたんで、いまさらこの歳でまた名前が変わることになるなんて思いもしませんでした」  まあ、親にとってはこれでよかったんでしょうけどという群司に、如月も頷いた。 「兄貴のことがあって、親同士もいろいろ思うところがあったみたいですね。俺としては、これからお互いの存在が拠りどころになってくれるなら、そのほうが安心かなって思いますけど」 「うん。優悟さんも、きっと安心してると思う」  如月はやわらかな笑みを浮かべた。

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