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翌朝、頭の中に響く声に起こされた。あの耳にするのもおぞましいディレルの声だ。
「おい、その男が目を覚ます前にどこかへ部屋を移動しろ。いつまで人間みたいに寝ているつもりだ」
人間みたいにとディレルが可笑しそうに言うのも無理はない。基本的に悪魔は睡眠も必要とせず、人間界にいる時にだけそのふりをするくらいだからだ。
「偉大なるディレル様が経験したことのない未知の体験をしたものでね。こっちは案外疲れるのさ」
ジャックスの腕の中から抜け出し、脱ぎ捨てていた衣類を身に纏いながら、頭の中で返事をする。ちなみにこれは悪魔同士にできる通信手段のようなもので、敏感な人間の中には聞き取ったりできる者もいる。
「俺は御免だな。いくら王の命令だからと言って、女のように足を開くのは。まあ、貴様には似合いだがな」
苦々しい声を出した後、嘲るように言う。
「……で、わざわざ俺を馬鹿にする為に来たのか。あんたの暇つぶしに利用してもらえるなんて、有り難くて涙が出るね」
引っかかる言葉を聞き流し、反撃に出ると、ディレルの怒りの念を感じた。しかし、それは一瞬の後に鎮まったため、少し拍子抜けする。
「俺を怒らせてその男に消させようとしても無駄だ。お前の魂胆は見え見えなんだよ」
そのつもりは全くなかったが、そうか、その手があったのかと手を叩く。
「お前、今余計なことを考えただろ」
「さあな。着いたぞ。ここならいいか」
いい加減脳内にウジ虫を飼っているような会話を終わらせるため、屋上のバルコニーに出る。
時間帯を気にしていなかったが、ちょうど朝陽が昇り始めていた。眺めがよく、その美しさに息を呑んでいると、横から舌打ちする音がした。
「くそ、間に合わなかったか。忌々しい太陽だ」
心底嫌そうに美貌を歪めるディレルを見て、この感覚のズレも自分は他の悪魔と違うのだと改めて思った。
闇と共にあり、闇を好む存在なのだから、むしろディレルの反応の方が真っ当なのだろう。
しかし、悪魔の目見のように偽りの美しさではなく、こうした本物の美しさを素直に受け入れ、感動することができる点においては、ズレていてよかったなと思う。
「それで、一体何の用だ。俺を監視でもしに来たのか」
色鮮やかなグラデーションは、まだジャックスと見た方がよかったなと思いながら、予想したことを口にする。
「その通りだ。王に命じられて仕方なくな。俺にとっては非常に残念なことに、その分だと目的を達成して帰って来る日も早そうだな」
「……それはどうだろう」
既に目的を達成する気が薄れかけているのを誤魔化すように、首元を指差して見せる。
「何だそれは。お前ら、そんなプレイでも楽しんでいるのか?」
下卑た笑みを浮かべながら、首輪をよく見ようと顔を近付けたディレルだったが、一定の距離まで近付いたところで動きを止める。
「とても嫌な力を感じるな。なんだ、ごっこ遊びじゃないのか」
心底残念がっている様子のディレルこそ、夢魔の素質があるのではないかと言いかけて止める。
代わりに、事情を掻い摘んで説明した。
「ふうん。それでお前は、ある意味本当のそいつの所有物になったわけだ。しかも、命がけのな」
大して深刻に取っていない様子だ。心底どうでもよさげにしている。悪魔同士というのは、基本こんなものだが、特にこのディレルはそれが顕著だ。
「そうだ。だから、そっちに戻れるかどうかも分からない今の状態では、目的を達成するどころではなくなったわけだ」
本音を言えば、この首輪の存在がなかろうと、あのジャックスが相手だと調子が狂いまくりでそれどころではないのだ。せめて一度帰って、王にターゲットを変更してもらえないか進言できればと思う。
「そうか?どっちみちあの男をお前の虜にしてしまえば、帰してもらうのは簡単だろ?その首輪をつけた時点で、あの男がとんでもない束縛男である気もするけどな。そうだとしたら、自分の不運を恨むしかない。ま、精々王を失望させないようにな」
ディレルは面白可笑しそうに笑うと、そのまま悪魔界へ帰ろうとする。
「待て。王に進言して、ターゲットを変えてくれるように……」
頼もうとしたところで、既にディレルの姿はなくなっていた。
一歩遅かったと悔しく思う一方で、あのディレルが頼みを聞いてくれるとも思えない。
溜息をつきながら踵を返して部屋に戻ろうとしたところで、階下からジャックスの呼ぶ声が聞こえた。
これを察知して帰ったのかもしれないなと思いつつ、大声で返事をすると、ジャックスがバルコニーに上がって来た。
「こんなところにいたんだ。今、誰かと話していたでしょ。声が聞こえたよ」
「えっ、あ、ああ。俺の独り言だ」
咄嗟に誤魔化すと、ジャックスは笑った。
「誤魔化さなくていいって。俺には気配で分かるから。特に人間以外の存在ならね」
「っ……」
ぎくりとしてジャックスから視線を逸らすと、意外な言葉が降ってきた。
「僕はこんな仕事しているけど、むやみやたらと悪魔祓いしているわけじゃないから。何も悪さをしていない悪魔まで祓ったりしないよ」
「えっ、そう、なのか……?」
「うん。それにね」
顎に手を添えて上向けられ、視線が真っ直ぐに重なる。
「僕は、君を怖がらせたくない。首輪をつけて脅しておいて、何を今さらと思われても仕方ないけど、君には最大限に優しくしたい。だから、君と親しい悪魔なら祓わないと約束する」
ディレルは親しい悪魔ではないと言いかけたが、祓ってほしいほど恨んでいるわけではにため、それは言わないことにした。
その代わりに、純粋な疑問が湧いて出た。
「どうして、そこまでして俺に尽そうとする?俺も所詮は悪魔で、お前のことを騙そうとしているかもしれないのに」
何よりも、この見た目でと内心で付け加えると、ジャックスは微笑みながら小首を傾げた。
「最初は君が悪魔らしくないところに興味を持って、そこが可愛いと思っただけだったけど、それだけじゃない気もするんだよね。どうしてか、君を慈しみたい気持ちで溢れる。これが愛だと言われたらそこまでなんだけど、それだけで片付けられない何かがある。それが何なのかはまだ分からないけど」
ジャックスの言葉に、ひどく曖昧な、それでいて胸が苦しくなるほどの何かを感じた。
それはやっぱり、この朝陽と同じくらいか、それ以上の美しい色合いを伴っている。
しかし、自分の中に生まれつつある感情を、ジャックスと同じだと確信を持って告げるまでには達しておらず、口にするのは躊躇われ、その目を見つめるだけに留めた。
そんなジングに何を感じ取ったのかは分からないが、ジャックスは笑みを浮かべたまま顔を寄せ、唇を合わせてきた。
軽く触れ合わせるだけのキスだったが、どこか甘さを含んでいて頭が痺れた。
口付けを終えた後、二人して朝陽に向き直る。そのまま言葉もなく、光に照らされていく街並みを眺めていた。
初めて抱かれて以来、ジャックスは毎日のようにジングの体を求めた。
ジングは毎回、最初は抵抗してみせるものの、愛撫されるうちにぐずぐずに蕩けさせられ、最後は自ら快感を追い求めるようになる。
そして、水を得た魚のように性交後は力が漲る気がするのは、夢魔の特性のためだろうが、快楽に溺れるのは相手がジャックスだからかもしれない。
しかし、それを素直に認めてしまえば後で痛い目を見るのは自分だと分かっている。
だから、体は許しても気持ちまでは持っていかれてはいけないと言い聞かせ、冷静さを保とうとするが、それもいつまで保つか怪しかった。
そんな中、悪魔祓いの仕事に行ったジャックスの帰りを待ちながら、リビングのソファに寝そべって寛いでいると、一本の電話が掛かってきた。
いざという時のためにとジャックスに使い方を聞いていたジングは、好奇心も手伝って受話器を取った。
途端に電話の向こう側から、何か不安を掻き立てるような高音の電子音のようなものと、大勢の人のざわめきが聞こえてくる。
ジャックスの身に何かあったのだろうかと思いつつ、相手の出方を待っていると、やがて少し掠れた女の声がしてきた。
「もしもし?ジャックス?私よ、エレン。携帯の方に掛けても出ないから、仕事かなと思ったんだけど、家にいたのね」
「ジャックスは出かけている」
「え?何?ごめん、よく聞こえない」
「ジャックスは今いない」
声を張り上げたが、相手にはうまく聞き取れなかったようだ。
「ごめん、そっちに聞こえているか分からないけど、取り敢えず私の用件だけ聞いて。この間あなたに頼まれていた悪魔祓いの件、私にも手に負えない。とんでもなく強いの。大変なことになったからニュースを見て。それじゃあ」
それだけ言うと、プツリと通話は切れた。
受話器を置き、聞いたことをそのままジャックスに伝えようとも思ったが、仕事の妨げになるからと切っている可能性が高い。
ひとまずエレンという女の言っていたように、ニュースというものを見るべくテレビをつけることにした。
リモコンの操作は今ひとつ分からないが、幸いにしてつけてすぐのところでニュース番組をやっていた。
まず目に飛び込んできたのは、燃え盛る紅の炎と、それに包まれた見覚えのある家だった。見間違いかと思ったが、その家はアンダーソンという男の家に違いない。
場面が切り替わり、マイクを持った若い男が家を背景にニュースを報じ始めた。
その男によると、家が燃え始めたのは二時間ほど前だが、消防が駆けつけて放水を行っても未だに鎮火する気配がないとのこと。そして、当初は放火を疑ったが、目撃情報は一切なく、さらに言うと発火の原因になるものが見当たらず、原因の究明を急いでいるということだった。
ちなみに、一家は揃って大火傷を負い、特に悪魔祓いを依頼していたコーデル・アンダーソンという男は意識不明の重体だという。
ニュースが他の内容に移り変わっても、しばらくはその場から動けなかった。
悪魔の勘だが、あれは同胞の仕業に違いないと確信している。あの火が鎮火しないのは当然だ。ただの火ではなく、悪魔の能力で放たれたものなのだから。
ジング以外の同胞であれば、この惨事を引き起こした悪魔を英雄とでも称えるのだろうか。
ジングは正直なところそれに賛同はできないが、やり過ぎだなどと反論することもできない。反論できないのは、悪魔としての存在意義に関わるからではあるが、こんな中途半端な考えだからこそ周りに溶け込めず、出来損ないと思われるのだ。
溜息をついた時、不意に悪魔をやめられるなら嬉しいかと聞いてきたジャックスの言葉が蘇る。あの言葉の真意は読めないが、とっくに自分の答えなど出ている気がした。
テレビの内容が、ニュース番組から缶コーヒーの宣伝に切り替わったタイミングで、鍵を開ける音が響いた。
「ただいま。今回の悪魔は珍しく子どもだったから加減が難しかったよ。ああ、疲れた。ジング、癒してよ」
帰って来るなり愚痴を溢したジャックスは、ジングに抱き着こうとしてくる。
「やめろ。お前、俺も悪魔だということを時々都合よく忘れているだろ。悪魔に癒しを求めるな」
「忘れてないよ。でも、君は僕の中では天使なんだから。ほら、逃げない逃げない」
「う、わっ……」
ジャックスから逃げ惑ううちにフローリング床で滑り、そのまま前のめりに倒れ込もうとした。基本的に痛みとは無縁の体だが、それなりの衝撃を覚悟して目を閉じかける。
しかし、一瞬微かに体が浮くような感覚がした後、いつの間にか床に仰向けに転がって、覆い被さってきているジャックスを見上げるかたちになっていた。
庇ってくれたにしろ、何にもぶつかった感じがしなかったのはどういうことなのか。
目をぱちくりとさせながらジャックスの青い瞳を見つめていると、彼はほっと息をついて言った。
「よかった、ちゃんと間に合って」
その心底安堵した表情に、生じた疑問は薄れ、降りてきた口付けで完全に頭の隅に追いやられた。
しかし、行為に没頭しかけたところで大事なことを思い出す。
「ぁっ、待て。大事な話が……っ」
シャツに潜り込んできていたジャックスの手が胸の飾りを弾き、声を裏返らせながら必死で言葉を紡ぐ。
「今じゃないと駄目?」
欲望を滾らせた目で言われ、思わず駄目じゃないと言いかけたが、寸でのところで思い止まる。
「だ、めだ。緊急のことなんだ。早くしないと、もっと被害が出る」
「被害?」
不穏な単語を聞き咎め、ジャックスは眉を潜めながら手を止めた。上から退く気配はないが、聞く姿勢にはなってくれている。
「ああ。さっきお前の同業者から電話が掛かってきて、あのコーデル・アンダーソンという男の悪魔祓いに失敗したようなことを言っていた。それで、ニュースを見てくれと言われて見たら、その男の家は家事に遭っていた。しかも、家族全員重傷を負っていて、コーデルは意識不明の重体らしい」
「………その、家は今」
「火が燃え続けて、消火活動をしても消えないと言っていた。出火の原因も分からないと。たぶん間違いなく、あれは悪魔の仕業だ。画面上だが、俺には分かる」
「……そうか」
ジャックスは深刻な顔つきで何か考える素振りをした後、立ち上がって衣服を整え直した。
「行くのか?」
聞くと、振り返ってジングを見て、固い表情で頷いた。
「うん。ジングは家で待ってて。僕なら大丈夫だから」
そして、返事を待たずに出て行こうとする。その姿に一抹の不安を覚えたジングは、慌てて言った。
「待て。俺も行く」
「え?」
驚いた顔で振り向いたジャックスに、予想以上に強い声で告げていた。
「俺は大丈夫だ。お前がすることを見届けたい。それに……」
続けようとした言葉を飲みこむと、ジャックスは視線で促した。
「いいや、この言葉の続きは、俺に覚悟ができてから言う」
「そっか」
言わんとすることを察したのか分からないが、彼はふんわりと笑った。
炎は全てを焼き尽くす恐ろしい面を持っているが、反面、浄化作用があるとも言う。けれど、目の前で燃え盛る火は明らかに前者だ。
赤いというよりも、黒々とした闇の色をして揺らめいている。この色はきっと普通の人間には知覚できないだろう。
そして、危惧した通り、アンダーソン家から広がった火は隣家だけに留まらず、さらに辺り一帯に燃え広がろうとしている。
不幸中の幸いにして、アンダーソン家以外の家の住民は即座に避難したらしく、怪我人はさほど出ずに済んでいるようだ。
ただ、火を見つめる人々の様子が明らかにおかしかった。単に絶望し、恐怖しているならまだしも、不自然に高揚して奇声を発したり、突然高笑いを始めたりしている。
まるで火の魔力に当てられたように。
「まずいな。思ったより状況が悪い。火を消すだけで収まるかどうか」
ジャックスも険しい表情をして、ジングが思ったことを代弁した。
確かに状況は悪い。だが、何もしないよりはましだろう。
「それは火を消してから考えようぜ。悪魔祓いの儀式でなんとかなるか?」
極力前向きなことを言うと、ジャックスはジングを見て微笑んだ。
「うん。火を消すぐらいなら簡単だよ。ガスの元栓閉めるのよりもね」
そして、首に常に下げている十字架を取り出すと、握りしめて祈りを捧げるように目を閉じた。
てっきりキリスト教流のお祈りをするのかと思ったが、そうではなく、そのままの体勢でじっと固まっている。その姿をしばらくじっと見守っていると、ジャックスの体が発光し始めたように見えた。
「これは?」
そのあまりの美しい輝きに、思わず驚きの声が出る。
実はエクソシストに会ったのはジャックスが初めてではないが、こんなに澄んでいて温かい力を発する者はいなかった。
綺麗な空気に当てられて、当然ながらに息苦しさも感じるが、思わず見惚れてしまう。
そうしている間にも、生き物のごとく舐めるような動きを見せていた炎は、悲鳴に似た音を発しながら鎮火していった。
あれだけ建物を燃やし尽くしていたように見えたのが嘘のように、煙もなく、さらには焼け焦げた痕跡一つ残っていない。それは悪魔が放った火だからなのか、それとも消したのがジャックスだからなのかは分からない。
そして、危惧していた人々の様子も元通りになっていた。
「あれ、私は一体?」
「やば、帰って宿題やらないと!」
皆、火事があったことなど一切覚えていないようだ。夢から覚めたような顔をして、日常に戻っていく。
それを見て顔を見合わせたジャックスとジングは、互いに笑みを交わしながら、人々の波に乗って帰ろうとした。
ところが、数歩歩いたところで、二人の前に立ちふさがる人影があった。
顔を上げると、豊かな栗色の巻き毛を胸の辺りまで伸ばした美しい女が立っていた。
ジャックスは彼女を見て、一瞬はっと目を見開くと、笑みを顔一面に広げる。
「エレナ!来ていたんだね」
「ええ。あなたの勇姿を見届けに来たの」
澄んだ鈴のような声で言うと、エレナはジャックスの胸に飛び込み、熱いハグをした。
ジャックスも笑顔のまま彼女を抱き締める。
友人同士にしては熱烈過ぎる抱擁のような気がして、少し不快な気分になった。目元をきつくして二人を見ていたが、エレナはそんなジングの視線など気にも止めずにジャックスの頬に触れる。
「ああ、あなたって本当に素敵。見た目だけじゃなく、あんな素晴らしい能力を持っているんだもの」
熱の籠もった眼差しで、頬をほんのり淡い桃色に染めながらジャックスを褒めそやす。彼女は明らかに彼へ好意を持ち、示している。
ジャックスもまた、その好意を認めて受け入れているように見えた。
「どうしたの?今日はやけに僕を褒めるんだね」
「あら、言わないと分からない?意外とあなたは鈍いのね。それとも、分かっていて分からないふりをしているの?」
「それはどうだろうね?」
放っておけばいつまでも見せつけられる気がして、ジングが鼻を鳴らすと、エレナはこちらを見て嫌な笑みを浮かべた。
どこか人を見下したような笑みに、一瞬同胞に蔑まれた時のことを連想したが、そんなはずはないと否定する。同胞であればすぐに分かるはずであるし、ジャックスが気付かないはずがない。
ただ、極稀に同胞をも騙せるほどの強大な力を持った悪魔もいるらしいと聞いたことがあるが、彼女がそれとは言い切れない。
何故なら、相手の好ましい姿になれるのは夢魔の特性であり、唯一の長所であるからだ。他の悪魔も姿を自在に操れる者はいるが、夢魔の完璧さには劣る。必ずどこかに綻びが出るのだ。
したがって、彼女が夢魔だとするならば見抜けないはずもなく、結果として同胞のような気がしたのは錯覚としか言えなくなる。
そう結論付けてしまったところで、不快感は消え去らない。
この姿がいくらジャックスの好みに見えていようと、本当に愛おしい相手が他にいれば意味はなくなる。
いや、元々意味はあってないようなものだ。悪魔と人間の間にそういった感情が生まれるはずもなく、生まれたところでどうにもならない。
君を慈しみたいと言ってくれたジャックスの言葉が一瞬蘇るが、それは指の隙間から零れ落ち、風に飛ばされて消えゆく。
同じ人間同士であり、それも男女である二人の親し気な空気に、嫉妬よりも深い虚しさと絶望を感じていた。
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