4 / 10

3

               ジャックスの家は、公園から歩いて数分の場所にあった。その道すがら、人に会ってまた騒がれるのも面倒だったので、ジングにも唯一使える力で姿を見えなくした。  仲間には見抜けても、人間には見えない程度にしたはずだが、ジャックスには半透明に透けながらも見えているらしい。ジャックスがすごいのか、自分が半端な力しかないのかは分からないが、恐らくその両方だ。 「着いたよ。どうぞ。僕はまずシャワーを浴びるから」  大豪邸と言えるまではないのだが、それなりに立派な白壁の家に案内される。門をくぐり抜けると、小さな花壇に色とりどりの花が咲いているのが目に入った。 「これ、お前が育てたのか?」 「ん?ああ、そうだよ。気に入ったなら、後で ブリザーブドフラワーにでもしてあげようか?」 「ブリザーブドフラワー?……って、なんで脱いでるんだ」  先に部屋の中に入ったジャックスが、上半身裸になってこちらを振り返る。ジングはまだ庭先にいたのだが、ベランダを開け放ったまま脱ぐというのは少し不用心ではなかろうか。 「なんでって、そりゃ今からシャワーを浴びるからって言ったでしょ?」 「い、言ったが、わざわざ人前で脱ぐなっ」  目を逸らす間もなく、ジャックスは下も脱ごうとしている。慌てて止に入ろうと上がり込むと、腕を掴まれて引き寄せられた。そして、ぐっと腰を抱き込まれる。 「なっ、離せ!」  慌ててもがくと、ジャックスが間近で微笑んだ。 「というか、前も思ったけど、君って本当に夢魔らしくないよね。そんなんで女性を満足させたりできなかったんじゃない?」  言いながら、ジャックスは腰から下に指を滑らせ、双丘を揉んだ。こんなふうにされたことはないが、そこから先の行為を勝手に想像してぞくりとした。 「そ、うだとしても、お、まえには関係な……っあっ」  話している最中にも器用に動いていたジャックスの手は、ジングのズボンを脱がせて、下着の上から双丘を割り開くように動いた。 「な、にして……っ」 「知らない?男同士はここに注ぎ込むんだ。君の場合、女性を相手にするより男性から精液もらう方が簡単そうだよね」 「えっ、あ……」  そこで再びジェイマーの言葉が鮮やかに蘇った。 「精液を絞る取るなりなんなりしてお前の虜にし、その者を我ら悪魔の仲間として連れてくることだ」  間違いなく精液と言っていた。 それはつまり、ジェイマーが言っていた人間が男であるとうことで、ますますジャックスがその人間である可能性が高まった。そして、男相手にどうこうしろということだ。 あの時に一世一代のチャンスだということしか頭になかったのが悔やまれる。  後悔の念に苛まれているうちにも、ジャックスはジングの服を脱がして抱え上げてきた。その時に素肌が触れて息を呑む。   女性相手に多少は肌を触れ合わせた経験があるにはあるのだが、どうしてかジャックスが相手だと胸が騒いだ。 「下ろせ。男相手にそんなことをする気はない」 「君に拒否権があると思っているの?それに、すごくそそられる顔をしているけど」 「どんな顔だ」 「鏡を見れば分かるよ。ほら」  洗面所に運ばれて、そこの鏡を見たジングは、自分の醜い顔を目の前にしてふいと視線を逸らした。たとえ相手の好みの姿になれようと、自分の目は誤魔化せない。 「これのどこがそそられるんだ」 「そそられるよ。ほら、ちゃんと見なって」  笑顔で鏡を指差しながら言われて、馬鹿にされているような気がした。  人間にはこの本当の姿は見えない。見えたらそんな顔で笑っていられなくなるだろう。いや、嘲って笑うことはあるかもしれない。  そう思ったら、妙な胸の高鳴りは消えて、代わりに鉛のようなものが横たわる。そうして、恐ろしく冷静な声で言っていた。 「俺とやりたいか?」 「ん?うん、そうだね。どうしたの?急にやる気になった?」 「そうだ。お前に極上の夢を見せてやる」  その夢から覚めればきっと。頭に浮かびかけた台詞は強引にもみ消した。    浴室に入ると、ジャックスは力強くジングの体を掻き抱いて唇に食らいついてきた。 「んっ……ふ……」  唇を合わせて幾度か啄んだ後、舌先を巧みに使って割り開いて中へと侵入してくる。口腔を貪る舌の動きに気を取られていたら、ジャックスの手が股間に伸びて形をなぞり、きゅっと竿を掴んだ。 「あっ……ん……」 鼻につく声が溢れ、浴室に反響する。それさえも熱を煽った。 「あっ、あ……っ」   耳朶を甘噛みされながら、丁寧にペニスを扱かれるうち、先端から溢れ出た先走りで水音が立ち始める。  その卑猥な音色から熟れた果実を連想して、食欲に似た感覚に喉が鳴った。 「すごく良さそうな顔してるね」  指摘されてはっと我に返ると、今さら羞恥心が込み上げてきた。 「いいだろ、別に」 「別に悪いとは言ってないよ。むしろ色っぽくていい。お陰でこんなふうになった」 「っ……」  手のひらを掴まれ、導かれるようにジャックスのペニスに触れると、既に硬く反り返っていた。それも、ずいぶんと立派なサイズだ。これをあそこに入れられると思うと、自分から誘っておきながら少し怖気づきそうになる。  夢魔の中には物好きな輩もいて、思い返せば同性しか相手にしない奴もいた。女性同士だと子種を注ぎ込めないのもあって意味がないというのが夢魔の共通認識だが、逆に男同士であれば、女の夢魔のように男でも精液をもらうことができるのだと。  それを耳にした時は信じられないと思ったにも関わらず、自分がその行為をする身になるとは思ってもみなかった。しかしこれも、全ては目的を達成するためなのと、夢魔本来の役割を果たすためだと言い聞かせる他ない。  言い訳を並び立てながらジャックスを見上げると、まるで最愛の恋人でも目の前にしているような温かな眼差しをしていた。  なんで、どうしてそんな顔をするんだ。この幻の姿でお前を騙しているのに。  ジャックスを責めるような、それでいて切ないほど苦しい思いが込み上げて、息が詰まった。  きっと偽りの姿に対してだとしても、悪魔と分かっていながら自分を肯定してくれた初めての相手だからこんな気持ちになるんだ。  それに気が付くと、騙したままで行為を続けられるはずがなかった。 「すまない、ジャックス。やっぱり俺、できな……っん……」  語尾を口付けで塞がれる。驚いて押しのけようとしたが、そのキスの甘さに力が抜けた。 「悪いけど、辛そうに言われてもやめるつもりはないよ。拒むならもっと冷たくしないと」 「冷たくって……」 「僕が嫌いだと言えばいい。あとは蹴るなり殴るなりすればいい」 「そんなのできるわけねえよ」 「じゃあ、大人しく抱かれて。僕のものになって」  まるで愛の告白のように情熱的に言われて、そのあまりの眩しさに思考が停止しかける。  呆然としているジングの隙をついて、ジャックスは体中にキスの雨を降らせてきた。 「い、やだ……や、め……っ」  弱々しい抵抗はあっという間に封じられ、ジャックスの愛撫に囚われ、堕ちていく。  肌に散りばめられる赤い花々一つ一つが、暑さを知らないはずの体に熱を与え、教え込んだ。 「あっ、あっ……くっ」  胸の尖りを弄っていた手が下へ降り、グロテスクな悪魔の男性器を握ると、激しく上下に扱きながら絶頂へと導いていく。しかし、もうすぐで達するところで不意に手を止められた。 「な、んで……っ」  ついつい残念がるような声を出すと、ジャックスは笑みを浮かべてその場にしゃがみ込んだ。 「っ、なに……ああっ」  ジャックスの口の中に自身の歪な性器が含まれていく。その形がよく美しい唇を汚しているのだと思うと、背徳感と共に高揚を覚えた。  しかし、口の中であやされながら、双丘の奥の窄まりにぐっと指を入れられると、高揚が一瞬で焦りに変わる。 「あっ、あっ、まっ……」  いきなり入れられても痛みは感じないが、そこに入れられることをリアルに想像すると怖くなってきた。  その恐怖に連動するように、中で動いていた指をきつく締め付けてしまう。 「きついな。怖い?」  こくこくと頷くと、ジャックスは立ち上がってジングを抱き締めた。 「大丈夫。痛くはしない」  その心配はしていないと返そうとしたが、ジャックスの撫でる手が心地よくて、黙ったままじっとされるがままになる。  しばらくして落ち着いた頃を見計らい、ジャックスは手にボディーソープを乗せると、再びゆっくりと指を入れてきた。 「んっ、んん……」  ボディーソープの泡が手伝い、先ほどよりすんなりと中に入る。そして、前後に動かしたり内壁を擦ったりしながら、ジングのいいところを探り当てた。 「ああっ……」  びくびくと痙攣するように仰け反ると、その反応を見たジャックスは微笑んで、しつこくそこばかりを狙った。 「やっ、そこ、ばかり……っ」 「本当に止めていいの?すごくよさそうだけど?」 「あっ、あっ……」  性的な涙が滲み、目の前がちかちかと明滅したかと思えば、あっという間に果てていた。  荒く息をつきながら、涙で滲んだ目でジャックスを見上げると、彼がごくりと生唾を飲み下す音がした。 「ねえ、もう入れていい?それとも、もっと慣らした方がいいかな。僕、我慢できそうにないんだけど」  欲望の籠った熱っぽい目で見られて、ジングは頷いた。 「いいぜ。来いよ」  その言葉に嬉しそうな顔をしたジャックスは、張り詰めた屹立を後孔に押し当て、突き入れてきた。 「っ……ぁあっ」  その衝撃に高い声を上げると、ジャックスは一度動きを止めてジングの頭を撫でた。 「大丈夫?まだ先の方なんだけど」 「だい、じょうぶだ……、痛みは、ないから」  その返事を聞いた途端、ジャックスのペニスは容赦なく奥深くまで突き進んできた。 「ぁあっ……」 「全部、入った、よ」  掠れた声で報告され、目を向けると、ジャックスは幸福にまみれた表情をしていた。 「っ……」  その表情に気恥ずかしさが込み上げた。  頭の片隅で、これは自分が彼にとって好ましい見た目をしているから向けられるもので、それ以上ではないのだと言い聞かせる声がする。   でも、今だけはジャックスと共に夢に溺れていたかった。 「動くよ」  律動の合図を囁かれ、それに頷くと同時に、激しくて甘い快感の海にさらわれ、抜け出せなくなった。

ともだちにシェアしよう!