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光と闇が交錯する絶対不可侵の地と呼ばれる場所で、天界と悪魔界の代表は顔を突き合わせて話し合いを行う。
しかし、ほとんど毎回ただの話し合いでは済まず、負傷者は必ずと言っていいほど出た。
それほど不仲であっても、形ばかりの話し合いをするようになったのは、余計な負傷者を出さないためというよりも、互いの腹の底を探り合うためだった。
ジングがその地に足を踏み入れるのは、天界から悪魔界に追放された時以来だ。
普段、光と闇、つまりはその場にいる天使と悪魔の力のバランスが取れていれば、その地は灰色に包まれる。
しかし、バランスが取れていない時は違う色になる。例えば天界が優勢であれば白に近く、悪魔界が優勢であれば黒に近くなった。
それが、ジャックスとジングが足を踏み入れると、何故だか金に近い色になった。
ふと、その色がジャックスの紙色のようだとちらりと思ったが、あまり深くは考えなかった。
「よく来たな。かつての姿は見事なものだ」
ジェイマー王は皮肉を隠しもせずに言うと、ジングの艶やかな髪に触れてきた。
そして、感触をしばらく楽しんだかと思うと、ぐっと肩を抱き寄せてきて、耳元で囁く。
「我が配下、セキュラの痛みは忘れないぞ。お前もすぐに後を追うことになる」
怯まずに睨みつけると、不気味な笑みを返された。
そこへ、凛とした声が響く。
「ジェイマー王と言ったか。その手をすぐに離すんだ」
振り向くと、ジャックスが強い目でジェイマーを睨みつけていた。視線で射殺しそうなほどだ。
「人間風情が。出しゃばるな」
ジェイマーが低い声を出すと、巨大な一つ目の化け物がどこからともなく現れ、大口を開けてジャックスを飲み込もうとしてきた。
「ジャックス!」
ジャックスは冷静に十字架を翳して対処しようとするが、その化け物には効かないようだ。
舌打ちし、羽を出して飛ぶと、寸でのところでジャックスを抱えて化け物から逃れた。
「この馬鹿!無茶をするな」
ジャックスを地に下ろしながら叱りつけると、彼は眉を下げて謝った。
「ごめん。やっぱり王ともなれば効かないみたいだね。エクソシストの名折れだ」
「それが分かっただけでも収穫だ。次は俺が行く。何としてでも目的を達成しなければな」
ジングの言う目的とは、先ほどユレイアが言ったことが関わっている。
ユレイアはこう言った。
「悪魔界が今のジェイマーに支配されるようになって、最初は落ち着いたように思われたが、最近は人間界への侵略が目に余る。もしお前たちが我らの考えに賛同し、悪魔界を、特にジェイマーを滅してくれるならば、その代わりにお前たちの望みを聞いてやろう。天界に戻りたいのならばそれもよし、今後天界や悪魔界からの干渉を拒むならそれもよし。どうだ?提案を飲む気はあるか?」
それに対してのジャックスとジングの答えは一つだ。
「ジングこそ無茶をしないで。いざという時は……」
その時、轟音が鳴り響いて地面が揺れた。そして、地面にひびが入り、その下からマグマが現れる。
再びジャックスを抱えて飛び上がると、今度は上から雨が降り注いできた。
この地に雨が降ることなどあり得ない。姿こそ見えないが、密かに加勢してくれているのだろう。
「やはり、話し合いをするというのは建前か。姿を現せ、ユレイア!」
ジェイマーが上に向かって叫ぶと、今度は雷鳴が轟いた。落雷が雨のよう大量に降ってきて、避けきれずに片翼を貫かれる。
「っ……!」
「ジング!」
傷付いた羽を仕舞うと、そのままジャックスと共に落下し始める。
なんとか空中に留まろうとするが、それも叶わないまま、追い打ちをかけるように雷が襲いかかってきた。
もう駄目だとぎゅっと目を閉じ、観念しかけた時だった。
「鎮まれ」
厳かな声が耳元で響いたかと思えば、その声に従うように一瞬で雷は収まった。さらに、割れていた地面は元通りに塞がっていき、雨は止んで、ないはずの太陽の光のようなものが上に現れた。
落下速度も急激に遅くなり、そのままふわりと地面に舞い降りる。
何故か降りる際に、抱きかかえていたはずのジャックスが、いつの間にか反対にジングを横向きに抱いていた。
辺りがしんと静まり返り、皆ジャックスを見ているようだ。いや、ジャックスであってジャックスではない誰かを。
見上げてその顔をよく見ようとするが、彼の背後が眩い光に包まれているせいか、すぐに分からなかった。
「無事か。もう降ろしても問題ないな?」
ジャックスとは違う声がその口から発せられた瞬間、その声の深さに身の内が震えた。
それは、大きな感動を目の前にして、感極まったという感覚に等しい。
「あなた様は!」
ようやくその顔を見ることができた時、思わずジングは叫んだ。
胸元まで流した黄金の髪、彫刻のように整った輪郭に、翡翠のような瞳。そしてなにより、見る者を圧倒するほどの神々しいオーラ。
それは間違いなく、天使の創造主と言い伝えられている神、ユグ・アシュアそのものだった。
「どうしてユグ様が」
ジングと同じ問いを、周りにいた他の天使皆が口にする。
それを見渡し、ユグは口元に微笑を浮かべると、ゆったりと口を開いた。
「私は天界を去り、人間界に興味を持った。ちょうどジング、そなたのようにな。そして、人間界に興味が尽きなかった私は、人間に生まれ変わることにした。それがこの男、ジャックスだ」
「そんなことは一言も……」
「当然だ。生まれ変わると同時に、神であった記憶は消すようにしたからな。しかし、今回はどうにもこの人間の手に余る出来事が重なったために、一時的に昔の姿を取って現れることとした。おそらく、今はジャックスも意識の底で私の存在を感じているはずだ。それはさて置き、ジェイマーよ」
急に矛先を変えたユグは、ジェイマーに目を向ける。
「な、なんだ」
ジェイマーは突然現れた強敵に驚愕し、動揺が隠せないようだった。こんなジェイマーは珍しい。
「お前は今までの王に比べ、人間界にやたらと固執しているようだが、元はお前も人間だったからか?そして、お前も悪魔に騙されて堕ちた身。本当に恨みに思っているのは悪魔で、人間ではないはずだが?」
「それは……っ」
「何故人間を貶めるのかは、単に悪魔になった性だけではない。悪魔にならず、人間のままで幸せに生きている者たちが羨ましかった。そうだろう」
「……っ」
図星を言い当てられたのか、ジェイマーは何も反論せずに黙り込む。
そんな彼を見て、ユグは指を立てた。
「そんなお前に、一つ試練を与えよう。私がお前を天使に変えてやる。お前が悪魔に堕ちることなく、ユレイアの元で天界を正しき方向に導けるようになったら、その時は人間に戻してやろう。どうだろう?お前にとっては悪くない話だと思うが」
「……」
それに対して頷いて見せたジェイマーを、ユグは宣言通りに天使にしてしまった。
その後、悪魔界の王が不在となった状態で、ジェイマーに続いて天使になりたがる者が大勢現れた。
そして、それぞれの提示された試練を飲んだ悪魔たちは、無事天界に仲間入りすることとなった。
かくして、天界と悪魔界に平和が訪れたのだった。
一方、ジャックスとジングはというと。
「さて、予想より早く、それも予想外の結末を迎えたわけだが、約束は約束だからな」
眩い光が満たす天界の玉座の間にて、ユレイアは相変わらず姿を見せることなく、光の玉の形でジングとジャックスの前に現れた。
ジングは天界にふさわしい美しい天使の姿をしているが、ジャックスはユグという神の姿から一転し、元の人間の姿に戻っている。
急を要する事態で現れたユグだったが、これからは滅多なことでは姿を出さないと言っていた。
ユレイアはそんなジャックスの姿を、興味深げにじっと眺めたかのように見えた。光の玉にも関わらず、どうしてそう思ったかは分からない。
「早速問おう。天界と悪魔界に平和を取り戻したお前たちが、我々に望むことは何だ?何でも申してみるがよい」
ユレイアの視線がジングへ移動した気がした時、ジングはジャックスを一瞬見やった。
ジャックスは柔らかく微笑みを浮かべて頷く。
それに思いは同じだと再確認したジングは、ユレイアへ視線を戻して口を開いた。
「私の、いいえ、私たちの願いはただ一つです。ジャックスと共に、人間として静かに生きていくこと。それだけです」
それを口にした途端、ユレイアは笑みを浮かべたかのように感じた。
「……それは、我らとの関わりも同時に断つという意味合いでよかろうか?」
「はい。……極力、ですが。ジャックスの中にユグ様が眠っている限り、完全に断つことは厳しいかと思われますので」
「それもそうだな。そればかりは我らの力でもどうにもならん。……ジャックスよ」
「はい」
ユグは次にジャックスへ問を投げかける。
「お前の望みはジングと同じものと考えてもよいか?もっと他に望みがあれば申してみよ」
ユグの深みのある声に、ジャックスは即座に首を振った。
「いいえ。他にはありません。ジングと共にいられるなら、それ以上は何も望みません」
それに対して慈愛に満ちた笑みを浮かべる少年のような姿が、一瞬見えた気がした。
人間界に戻ると、既に日が落ちて空には半月が上っていた。
それを見上げながら、自分の体が変わっていくのをはっきりと感じる。羽はもう出せないし、体は重みを増した。
その代わり。
「ジング」
呼ばれて、視線を月から隣にいたジャックスの方へと向けると、片手を差し出された。
その手を迷いなく取り、握ると、今まではっきりとは感じることのできなかった温もりが、手のひらから心臓に向かって巡ってくる。
人間にならなければ、この温もりを知ることはできなかった。
そして何より、もう悪魔であった自分を卑屈に思う必要もなく、天使であった自分をジャックスから崇められることもない。ようやく対等な立場を手に入れられたのだ。
「ジング、泣いているの?」
向かい合って立ち、お互いの額を合わせると、ジャックスが頬に手を伸ばしてきた。
「いいや、そんなはずは……」
ない、と言いかけたところで、頬を濡らす水滴に気が付き、ジャックスがそれを優しく拭ってくれる。
静かに零れた涙は、それから二滴、三滴と伝い落ちたが、ほどなくして止まった。
ジャックスに抱き締められ、キスをされたからだ。
「ん……っ」
柔らかく啄むように繰り返された口付けは、深くなる前に、ゆっくりと名残惜し気に離された。
ジャックスの唇を目で追いかけていると、くすりと笑みのかたちになった。
「何?」
「物欲しげに見ているなあって」
「っ……お前が、焦らすからだ」
照れ隠しの意味も込め、ジャックスをひと睨みした後、その顎を掴んで引き寄せる。そして、噛みつくようなキスを自ら送ると、間近で青い瞳が見開かれた。
「そうやって真っ直ぐ見ていてくれ。お前には、悪魔の姿も、天使の姿も、今の人間の姿も見られているわけだが、今の姿はお前にはどう見えている?」
その瞳の中に映る自分を覗き込もうとするが、あいにくこの暗がりではよく見えない。
やはり、悪魔は暗闇で生活するため、夜目が効いていたのかもしれない。
「ちょっと、あんまり近くで僕の目を見過ぎだって」
「お前の目の中に自分の姿が見えないかと思ったからな。それで、どうなんだ?」
「うーん、そうだなあ。正直僕にとって、見た目はあまり重要じゃないというか。たとえ
今、もう一度君があの悪魔の姿で現れたとしても、変わらずに愛していると言えるよ。それは確信を持って言える」
「ほん、とうか……?俺は、お前を殺そうとしたのに……」
「殺したいほど愛しているとか言うじゃない。それくらい愛されて、それも相手が君であれば、むしろ本望だよ」
「ジャックス……」
「逆に聞くけど、悪魔の姿の時、途中からいつも思い詰めた顔をしていたのは、やっぱり見た目のことを気にしていたの?」
「それもあるけど……。ほら、お前がエレナに化けたセキュラといい雰囲気だったから、邪魔してはいけないと思って。自分は悪魔だし、人間のお前とは幸せになれないんだと……」
今更ながらに正直に胸の内を吐露すると、ジャックスは大きな溜息をついた。
「な、何だよ。自分でも卑屈になり過ぎていたとは思うが、仕方ないだろ?」
「いや、ごめん。違うんだ。君の悩みをちゃんと察することができなかった自分に呆れただけ。それに、しっかりと計画のことを打ち明けていればよかったんだなと」
「計画?」
「セキュラのこと。僕はユグの生まれ変わりだからかもしれないけど、悪魔や天使は化けていようと、最初から見抜くことができるんだ。だから、騙されたふりをしてチャンスを狙っていたんだ」
ジャックスの言葉に、初対面で自分の名前を見抜かれたことや、コーデルに尋ねる時、セキュラの名前を出したことを思い出した。
あれは、その能力のためだったのだ。
「お前、そんなこと一言も。いや、俺が気付かなかったのがいけないんだが、でも……」
「うん、今回のことは完全に僕のせいだ。君を無闇に不安にさせた。本当にごめんね」
心底申し訳なさそうに頭を下げられ、慌てて首を振る。
「いや、俺も一人で突っ走り過ぎた。ちゃんとお前に確かめればよかったんだ。だけど、あの時はそんなことをする余裕もなかった。お前が……」
好きすぎて、手に入らないと思うのが辛かったからだ。と言いたかったが、素直な言葉はなかなか口から出てくれない。
「お前が、何?」
「お、まえ……が。って、ジャックス、こんなところで何を」
人気のない公園に来たかと思うと、ジャックスはジングの手を掴んで引っ張り、木の幹に押し付けてくる。
「ん?誤解が解けたら、我慢できなくなっちゃって。それに、こうしていればジングが言いやすいかと思ってね」
「言いやすいって……や、めっ……!」
天使だった頃の名残で、身に着けていた白いローブをするすると脱がされていく。その際、ローブについていた装飾品が涼やかな音を立てた。
「ぁっ……やっ」
露になった乳首を指で抓まれ、捏ねられるうちに濡れた声が溢れた。
「んっ……」
背中に触れる幹の硬い感触で、外だということを思い出し、慌てて唇を噛んで堪えようとする。
「駄目。ちゃんと声を出して。ジング、前にも増して可愛く喘いでるんだから」
ジャックスの指が唇に触れてきて、無理に開けさせようとするが、必死で拒んだ。
すると、深い溜息が返ってきて、ぐっと腰を抱き寄せられる。
「え、あっ……」
下腹に当たる硬い感触に、思わず声を上げる。
「ほら、僕だってこんなだ。恥ずかしがる必要はないよ」
「で、も……っ、外っ……」
「仕方ない。僕も君の声を他人に聞かせたくないからね。じゃあ、これなら……」
そう言って、ジャックスが右手を翳すと、その手から柔らかな光が発せられた。それはあの時、ジャックスとジングをセキュラから守っていた結界に似ていて、二人の周囲を包み込んだ。
「何をしたんだ?」
「僕たちの声が外に漏れないようにした。ついでに姿もね」
以前よりも力を使いこなせている様子のジャックスを見て、その中にはっきりとユグの存在を感じた。
「ジャックス、お前はやっぱり、まだこんな力があるんだな」
「うん。彼が僕の中に眠る限りね。きっとまた生まれ変わっても、彼はそのままだと思う。この力を本気で僕が疎むことはないから、これからもこのままだよ」
胸に手を当てて微笑むジャックスを見て、少しの屈託もなく、受け入れていると分かってほっとする。
「よかった。お前がユグ様を受け入れてくれて」
思わずぽろりと本音を溢すと、ジャックスは少し表情を硬くした。
「ジャックス?」
「……なんか、彼と僕はある意味一つの存在なんだけど、それが分かってから少ししか経っていないし、ちょっと、いやかなり複雑」
「え、何が?」
本気で分からなくてきょとんと問いかけると、ジャックスはむすっとした顔を近付けて言った。
「君がユグ様を大切そうに言うと、妬いてしまうんだ」
「っ……!で、でも、ユグ様は俺たちの創造主で、いわば親のような存在だから」
必死で言い訳がましく言うと、分かっていると言いながらも、ジャックスは不機嫌さを隠しもしない。
「分かっているんだけど、君の全部は僕が独り占めしたいんだ。それを邪魔する相手が、
たとえユグ様であっても許さない」
「っ……、な、ならさ」
顔を真っ赤にしながら、ジャックスの首をぐいと引き寄せて、その目を覗き込みながら言う。
「早く、お前でいっぱいにしてくれ。他のことを考える暇もないくらい」
本当は、すでにお前でいっぱいだと内心で付け加えるが、それを言えるほどまだ素直になりきれない。それに、言葉にするよりもこの方が自分らしい。
ジャックスは一瞬驚いたように目を見開いた後、すぐに笑みを浮かべた。
「もちろん、そのつもりだよ」
「あっ……」
声を気にしなくてよくなったことと、ジャックスの想いの深さを再確認したことで、余計に感じやすくなったようだった。
「あっ、ん……」
唇を重ね合わせると、それだけで背筋が震え、乱れた。感覚が鋭敏になっていることに自分で驚きながらも、そうさせているのがジャックスだと思えば嬉しくて堪らない。
何度も角度を変えながらキスを繰り返し、甘いリップ音を響かせる。唇の合わせ目をぞろりと舐められ、促されて素直に口を薄く開くと、中に意思を持った生き物のような舌先が潜り込んできた。
「っ、んぅ……」
互いの唾液が口腔で混じり合い、どちらのものともつかなくなるのが堪らなく心地いい。
キスに夢中になっていると、頬に添えられていたジャックスの指が首筋を辿り、鎖骨の窪みを撫で、胸の飾りをくるりとなぞる。
「んっ……」
びくりと腰を震わせると、その反応を楽しむように胸への愛撫を重ねられていく。
「んっ、ぁっ、……」
いつの間にか唇を離されていて、高い嬌声が静かな夜の公園に響く。周りに聞こえていないと分かっていても、聞かれているような気がして興奮する。
「ひっ、やぁっ……!」
その興奮が伝線したのかは分からないが、ジャックスも興奮を滾らせた目をして、胸元に噛り付いた。
「あっ、ぁあっ」
痛みを感じるくらいに激しく吸い付かれ、舌先でしつこく転がされる。まるで女の乳房を含んでいるようだと思うと、何故だかますます情欲を煽られた。
「あっ、ぁああっ」
かりっと音を立てるほど、乳首を歯の間に挟まれ、引っ張られた途端、耐えられなくなって下肢の間で精が放たれたのを感じた。
「今、イった?」
胸元から唇を離し、両手で弄りながら聞かれ、咄嗟に首を振ると、下肢をいきなり掴まれた。
「ひっ……」
「嘘。こんなにぐちょぐちょだ」
達したばかりで感じやすくなっているペニスを、下着の上から具合を確かめるようにきゅっと揉まれる。
「やっ、待っ……」
「何で?僕の手の中で、気持ちよさげにびくびくしているけど」
「またっ、いっちゃ……っ」
「いいよ。イきなよ」
「やっ、気持ちわる、いからっ」
せめて下着を脱がせてくれと訴えかけるが、ジャックスはそれが分かっていて分からないふりをする。
放った精で濡れた下着ごと、ペニスを扱き始める。ぐちょぐちょと卑猥な音が響いて、気持ちが悪いのに、感じるのをやめられない。
「やっ、いやっ」
「嫌、じゃないでしょ?ほら、もっと濡れてきた」
ジャックスの言葉の通り、まるでお漏らしをしたように下着が重くなるほど濡れているのを、否応なしに認めざるを得ない。
「っ……い、じわるだ……っ」
「ごめんごめん。ちょっと意地悪し過ぎたね。ジングは優しいのが好きだもんね」
「あっ……」
言うが早いか、今度はずるりと下着を下ろされ、解き放たれた屹立が外気に触れた。
一度放ったばかりにも関わらず、既に半勃ち状態で、先端の方からは先走りが出ている。
「っ……」
自分の状態を見るのも恥ずかしく、目を逸らすと、ジャックスの手が伸びてきて顎を掴まれ、視線を合わせられた。
その目は月明かりの下でも、欲望と愛おしさに溢れているのが分かる。
「何だ?」
「いいや、やっぱり君のそういうとこ、可愛いなって。悪魔の姿だろうと、それは変わらなかったから。僕が君を好きな理由はいろいろあるけど、一つはそこだよ」
「っ、からかっているのか?」
悪魔だった頃にそこを出来損ないだと笑われていたことを思えば、そうとしか思えない。
しかし、ジャックスは真剣に否定した。
「違うよ。からかっているんじゃないってこと、今から証明してあげる」
そう言うと、ジャックスにくるりと後ろを向かされた。
「何を……」
「いいから、じっとしていて」
いよいよ挿入されるのか期待しかけ、そう言えば悪魔の時は痛みに鈍感だったが、今の体では感じ方が違うのではと思い当る。
そうなれば、慣らさずにいきなり入れられるのは相当痛いのではないか。
「ちょっと待て!いきなりは……っ」
慌てて制止しようとしたが、大丈夫だからと言われ、腰を固定される。そして。
「っ、ひぁっ!?」
双丘を割り開かれたかと思うと、その奥の窄まりをぬるりとしたものが触れてきた。
「っ、え?な、なにっ」
首だけ回してそこを見ると、信じられないことに、ジャックスの顔が双丘のところにあった。
それも、口を開いて舌先を双丘の奥に差し入れている。
「えっ、ちょっとまっ……!な、にして!……ぁっ、やぁっ」
やめさせようとするが、舌先が皺をぞろりと舐め上げる感触に力が抜けた。
「あっ、ぁっ……」
抵抗するのもままならないうちに、尖らせた舌先が入口に押し込められ、とうとう中まで入ってくる。
内壁をぐりぐりと擽られ、舐め解され、啜り上げるようにされるうちに、知らぬ間に腰が揺れていた。
「ぁっ、ああっ、んんっ」
自分の高い嬌声にさえ熱を煽られ、背中がぞくぞくとした。
そして、股の間で半勃ち状態だったペニスは、いつの間にか歓喜に震えながら完全に反り返り、粘液を滴らせている。
その状態に気付いたのか、舌で後孔をあやしながら、ジャックスの指が下肢に触れてきた。
「あっ、や、め……っ」
今触られると、すぐにイってしまう。
そう思って慌てて手を離させようとするが、当然のようにジャックスは聞く耳を持たない。
前と後ろを同時に攻め立てられれば、我慢などできるはずもなく。
「いっ、くっ……!」
がくがくと震えながら、幹に爪を立てて呆気なく果ててしまっていた。
茶色い幹に降りかかった白い精液が、月明かりに照らされ、ほんのり光っているような気がするほど目立って見える。
「っ……」
荒く息をつきながら、後で痕跡を消しておかないとと頭の隅で思ったが、すぐにそれは意識の外に追いやられることになる。
後孔からようやく舌を抜き取ったジャックスが、具合を確かめるように指を潜らせてきた。
「あっ……」
唾液で十分に湿らせた上に、入り口を解きほぐされたためか、思ったより抵抗なく一本の指が入ってくる。
ぬち、と音を立てながら内壁の襞を擦られ、孔を広げるように指を折り曲げたり伸ばしたりされる。
「結構、解れたね。二本目も簡単に入るかな?」
「っ、ん……」
耳元で囁かれながら、耳に舌を差し入れられて背中がしなる。
そのうちにも、孔に二本目が挿入されたが、今度は少しきつかった。
「んっ、く……」
性器を入れられた時のことを想像させるような動きで、前後に指を出し入れしたり、中で指を開かれて孔を広げられるうち、次第に異物感はなくなってくる。
その代わりに、再び快感が高まってきて、腰を無意識に揺らめかせ、誘うような動きをしてしまっていた。
「ぁっ、あ、ん……」
「っく……。ジング、最高にエロい」
耳元で情欲にまみれた声で囁かれ、それに煽られてカッと全身が熱を帯びた。
「じゃっく、す……、ジャックス……っ」
気が付けば、強請るように彼の名前を呼んでいた。
もう自分は夢魔ではないのに、我ながらその声は、夢魔のように人間を性欲に駆り立てる淫猥なものだと感じた。
「っ……、そんな誘い方されたら、我慢できなくなるって。もう抱いていい?君の中に入れたい」
「は、やくっ、こい……!」
こくこくと頷きながら、せがむようにジャックスの目を見つめて言うと、劣情を滾らせた目で微笑まれ、口付けが降ってくる。
まるで褒めるように優しいキスだ、とほっと気が緩んだ隙に、双丘を掻き分けてゆっくりと入ってきた。
「っ、ぁあっ……!」
入り口を少し入ってきただけで、その熱さが感じられ、悦びを覚える。
この熱を知ることができなかった過去の自分が憐れまれるほどに、とても愛おしい感覚だった。
「あ、つい……」
「大丈夫?」
後ろから覆い被さるようにしながら聞かれ、性的な涙を滲ませながら頷く。
「きて。もっと、ふかく……っ」
返事の代わりに、望んでいたものが深く入り込んできた。
じっくり解されたおかげか、痛みはなく、まるでジャックスの分身のようにどくどくと脈打っているのを感じた。
「ジングの中、すごく温かいよ。僕のにぴったり吸い付いてきてる」
まるで元から一つだったみたいに、と二人で同じことを口にしていた。そして、揃って笑う。
性交の最中だというのに、束の間和んだ空気になったが、やがてジャックスが動き出すと、すぐに行為に夢中になっていった。
海というものは話に聞いたくらいでしか知らないが、自分の中で熱塊が行き来する動きは、寄せては返す波に似ていると思う。
動きだけではなく、欲望が引いたり押し寄せたりするさまも、やはり海に似ている。
まだ見ぬ海に思いを馳せてしまうのも、ジャックスの瞳の色から連想するせいだろう。
しかし、それを見たくとも、向かい合っていないせいで思い浮かべることしかできない。
「ジャックス、ジャックスっ」
「ん?」
必死で呼び掛けると、律動を止めてジャックスが首筋に口付けてきた。
「どうしたの?どこか痛い?」
「ち、がう。かおが、見えないから」
少し舌足らずな口調で、なんとか要望を伝えると、それだけで言いたいことが伝わったらしかった。
馴染んだ熱が一旦外に出て、少し寂しく思っていると、正面に向き合うようにくるりと体を回された。
「これでいい?」
「ああ。これで、お前の海が見える」
「海?」
ジングの片足を持ち上げ、改めて後孔に突き入れながら、ジャックスが不思議そうに問いかける。
「っ、お前の、目、うみ、みたいで」
綺麗だと呟くと、中でジャックスの分身が硬度を増した。
「君、時々煽るの上手いよね」
「えっ、ぁっ」
中で硬さを増したジャックスのペニスが、ぐっと奥底を突いてきて、甲高い悲鳴のような矯声が溢れる。
「ひっ、ぁああっ」
ぐちゃぐちゃと音を立てながら掻き回され、最奥を突かれ、浅く引いては突かれを繰り返し、目の前がちかちかと白く明滅した。
「ジャック、ス……っ」
夢中で目の前にある最愛の相手に手を伸ばし、その肩に爪を立てながら、喘ぐように思いの丈を口にする。
「す、きだ……っ、ジャ……ックス、す、き……っ」
全身で感じる快楽の悦びに引きずられるようにして口にした言葉だったが、それは間違いなく正直な想いだ。
間近にある美しく光る青い瞳が、月光の元に笑みのかたちに変化する。
「僕も、愛してるよ……っ」
その瞬間にさざなみが押し寄せてきて、絶頂が近づいてくるのを感じた。
「あ、ぁあ、イク……っ」
「一緒に、いこう……っ」
クライマックスへ向けて激しく打ち付けられながら、徐々に最高調まで昇り詰めて、やがて意識が白く霞んでいた。
中で放たれる精の温もりを感じながら。
気が付くと、仄かに白み始めた空の下で、公園のベンチに仰向けに横たわっていた。
上半身は衣類を身に着けているが、下肢は晒されたままで心許ない。
「ジャックス……?」
近くに彼の気配がないことに気が付いて、きょろきょろと視線だけ動かしていると、じゃりっと砂を踏みしめる足音が近付いてきた。
「っ……」
この状態で人に見られたらまずいと、慌てて下肢を隠そうとしていると、誰かにぐっと足を掴まれて開かされた。
「やっ……」
見知らぬ人にどうしてそんなことをと焦りながら、視線を足元に転じると、見慣れた男の顔があって力が抜けた。
「何だ……ジャックス、お前か。驚かすなよ」
「ごめん、寝ている間に綺麗にしてあげようと思っていたからさ」
謝りながら、濡れたタオルのようなもので中心をそっと拭われる。
「ぁっ……」
それだけでぴくりと自身が動くのを感じた。
「ちょっと我慢してね」
気が付いていないのか、それとも気が付かないふりをしているのか、ジャックスはそのまま優しく拭い続ける。
「ぁっ、あっ……や、そんな、しなくていい……っ」
丁寧にしつこいほどタオル地で触られるうち、また緩く勃ちあがり始めるのを感じて声を上擦らせる。
「そう?じゃあ、今度はこっちを拭かないとね」
「えっ、ちょっとまっ……、ひぁっ」
ほんのり温くなりつつある湿ったタオルが窄まりに押し当てられ、表面を擽るように行き来する。
「ぁっ、あっ……」
先ほどの行為を思い出しつつも、それだけの接触では物足りず、もどかしさに震えると。
「中も掻き出さないとね」
「ぁあっ」
待ち望んだジャックスの指先が押し入ってくる。そこはつい今しがたもっと太くて硬いものが入っていたために、既に迎え入れる体勢が整っていて、あっさり侵入を許した。
「ぁっ、やっ……」
掻き出す動きというよりも、奥のジングが感じるポイントをしつこく捏ねくり回してくる動きに、高く掠れた声が出る。
「声、我慢して。今はバリア張っていないから、誰かが来たら気付かれるよ」
「えっ、んん……」
それは困ると慌てて口を手で押さえ、潤んだ瞳で足元にいるジャックスを見つめる。
それはこんなところでやめてくれの意味もあったが、もっと先の行為を強請る意味の方が強く込められていて、ジャックスが息を呑む気配がした。
「君、前より煽るのが上手くなってきたよね」
ジャックスがベルトを鳴らして自身を取り出しかけたところに、犬の吠える声がしてきた。
「!」
どうやら誰かが散歩でもしている最中らしく、犬を追いかけながら走る足音と、声が聞こえ始める。
「じゃ、ジャックス!ズボン……」
ジャックスにズボンを貰おうと声を掛けると、ぐいと腕を引っ張って起き上がらせてきて、そのまま指を鳴らした。
「ぇっ?うわっ……」
途端に景色が歪んだかと思うと、前方に引っ張られる感覚が襲った。
景色が飛ぶように過ぎ去る様を見ていられず、咄嗟に目を閉じると、次の瞬間には柔らかい感触の上に横たわっていた。
「?」
恐る恐る目を開けると、真上にジャックスの顔があった。
「えっ、今の、何だよ。ていうか、ここは……」
見慣れた天井とベッドを見て、どう見てもジャックスの部屋だと気が付くが、どうやってここに来たか分からない。
今一瞬で瞬間移動したような気がしたのだが、まさかそんなはずは。
答えを求めてジャックスを見上げれば、得意そうな顔をした。
「ふふ、驚いているね。僕も初めて使ったんだけど、これもユグ様の力みたい」
「ユグ様のって、え?そんな力が?というか、ズボンを履けば済む話だったのに、わざわざ瞬間移動って……」
「君をあのまま人に見られながら抱いて、嫌がりながらも感じるところとか見たかったけど、やっぱりここの方がいいと思ってね」
「嫌がりながら感じるところって。ジャックス、お前やっぱり意地悪だ……っ」
睨みながら言うが、どこ吹く風といった顔で笑みを返される。
「どうとでも。君こそ、僕をこんなに煽って悪い子だよね」
「悪い子って……あっ」
手を掴まれて導かれると、ジャックスのペニスは既に臨戦態勢に入っているのが分かった。
「ほら、君は大人しく僕に愛されていればいいんだ、よっ」
「ちょっとまっ……んぅ」
言いたいことは山ほどあったが、覆い被さられて熱いキスが降ってくると、文句は喉の奥底に追いやられた。
「ぁっ、ああっ、ちょ、いきなり!?」
脱いだままで露になっていた下半身の、双丘の奥深くにぐっと熱塊を当てられ、慌てるが、それが入ってくると、すぐに気持ちよさに流された。
「ぁっ、ぁあっ」
何度も何度も快楽に溺れ、ジャックスの底なしの愛情をその身に受けながら、愛される喜びを感じて涙を流していた。
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