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001 俺に恋して孕ませたあいつ-01
これは、俺の言い訳……なんだけどさ。
男が何も覚えていないと言う時も、実は暫く経つと思い出していたりする。
酒が入るとイクのが遅くなったり勃起しなかったりするから、男が最後までするとかなりお互い疲れが残ったりする……らしい、童貞だから分からん。
てか誰かと体を重ねたなら、ましてやそれが初めての経験なら、抱いても抱かれても何かしら覚えてると思うんだ。
なのに。
「マジで心当たりが無いんだけど……」
普段は男として生きてる俺。両方の性を持っていることなんか誰にも教えていない。
体つきは華奢だけど、幼い頃から両親が水泳を習わせてくれたり、男扱いしてくれてたお陰で肩幅はある方だ。
乳も出ていなければ尻も小さい。女らしさなんか、ちょっと女顔なことを除けば何も見せてないし、感じさせてない。
高校にあがる頃に水泳は辞めてしまったけど、今みんなの前で上半身を晒しても、男にしか見えないはずだ。体育の時も大丈夫だった。
そう、3年間大丈夫だったんだ。
なのに、急に吐き気がした日、かかりつけの病院で下された診断結果は
『妊娠8週目』
元々生理もかなり不順で、ひと月に2回来たり、3ヶ月来なかったりしてたんだ。だから生理が来てないことなんか、全然気にしてなかった。ましてや身に覚えがないのに妊娠なんて可能性を考えたこともない。
俺は誰とヤッたんだ? いつどこでヤッた?
この子の父親は、誰なんだよ……
【失われた記憶】俺に恋して孕ませたあいつ。
「出席取るぞー、相沢、伊藤、江頭……」
訳の分からない謎ルールで、授業中は暖房を切られる冬の教室。
外の木々は葉も落ち、窓の隙間からひんやりとした空気が入り込む。
そんな高校3年生の冬休み明けは、揃いも揃って追い込み時期。追い込まれ時期とも言えるか。
だいたい進学か就職かで頭が一杯なのが普通。まあ一部彼氏彼女で一杯な奴もいるけど。
「坂本、高橋、戸川、那賀川……」
センター試験の成績は良かった。県外の国立大の二次も目指すのに問題がない。
「福森……福森どうした」
卒業まであとひと月ないのになあ。
「センセ、腹が痛え……」
「腹ぁ? んじゃあ保健室行って来い、下剤貰ってクソでもすりゃ治る」
「馬鹿か……」
妊娠なんか疑われもしない。だってここは男子校だからね。担任の発言もこの程度。
男でありたくて、女っぽいと言われる事に反抗し、意地を張って進んだ、男だけの環境。
3年間、俺は男だったんだ。
そもそも意地を張ったのが間違いだったのか。俺に男としての人生は無理だったのか。
悪阻って、いつまで続くんだろう。相手が誰かも知らないし、親もまだ俺の妊娠は知らない。
産むのは恐怖、だけど堕ろすのは気が退ける。俺の頭の中はそのことで一杯だ。
追い込まれてると言われたら、クラスの中で誰より追い込まれてる自信がある。
「おい俊、風邪ひいてんの?」
「あー、いや腹下してんの最近」
「受験のストレスとか? お前も繊細なとこあんのな」
「うるせー、馬鹿」
「なになに、委員長下痢なん? チンパンもストレスとかあんのか!」
「あー、オムツしてえ」
「マジか! あははは! あははは……あーごめんすげえ笑ってしまった」
3年間学級委員長、だから俺を委員長と呼ぶ奴も多い。
「委員長さあ、ちょっと弱ってるくらいがちょうどいいと思うけどなー」
「ああ?」
「いや、男子校で気が狂う訳じゃねえけど、委員長って、顔だけは癒されるんだよなー」
「そう! お前顔はマジで可愛い、顔は」
「だな、顔はその辺の女より綺麗だよな」
「『顔は』って何だよ、俺は性格も可愛いだろうが」
「お前の性格で可愛かったら、世の中は可愛い子だらけってことだな」
顔が可愛い……これもまあ不本意なんだけど、美形だと言われてんだと前向きに捉えてる。
抱きたいとか冗談で言われたことがあるくらいで、付き合ってくれとかってホモ話は一切ない。
ああ、何度かおっさんに付きまとわれた事はあったか。
周りもこの3年間、特にここ最近で態度変わった奴もいない。そんでもって……俺とヤったとか、それらしい反応を返す奴もいない。
腹が痛いと言えば本当に腹痛、もしくは仮病と思うだろう。妊娠なんか疑われるはずがない。自習時間は保健室行くからと抜けた。もちろん「腹が痛いんだってよ!」と笑われながら。
放課後になって帰る瞬間まで、今日の今の会話もいつもと同じ。俺がいじられて言い返す、そんな談笑だ。
マジで俺、誰と寝たんだ。
「俊、お前今日腹痛いなら参考書借りるついでに家送るぞ?」
「そのニヤニヤしてる顔がムカつく。でも、あー、じゃあわりいけど頼むわ」
「俺が、お前を守ってやるってやつだな! やーんお似合いですわ……あ、やめてチンパン! 叩かないで! 委員長様やめ、お前元気じゃねえか!」
「ほら帰るぞ。俺が守るのは志望校の合格のための参考書な。俊から借りないと。俊はついで」
「ついでってお前、……まあいいや、馬鹿ばっか。帰ろうぜ、じゃあな」
「おーう! ちゃんと糞しろよー」
「毎日してるっつうの」
なんか真っ直ぐ歩くのもダルい。
俺を送ってくれる友人の名は湯川竜二。どう説明すればいいのか分からないけど、長身の超絶イケメン。スラッとしたカッコイイ奴で、涼しそうな顔の短髪好青年を想像してもらえたらだいたいそのイメージ通り。
顔小さいくせに整ってて、鼻高くて、二重の切れ長の目、角度のついた眉は欧米人のように目と近い。
竜二は高校1年の秋に引っ越して来た。周りにはレベル様々な共学があんのに、何でわざわざイケメンが男子校なのかとか、当時色々噂もクララ並みにすくっと立った。
女とトラブルあったとか、ホモで女嫌いとか。本人は大爆笑だったけど。ああ彼女も途切れつつ何人いたんだっけ。
「竜二はマジで医者目指してんの? まあセンターの点数良かったんだから大丈夫か。つか似合わないよな」
「似合わないって言ってもさ。医者なんて白衣と帽子とマスクで、誰でも見た目一緒になるぜ? 高収入で聞こえもいいし、まあ最初は研修時代と勤務医で過労死上等らしい……って、本当の理由はそこじゃないからな」
「知ってる」
「えっ」
「お前んとこの親父さん、治るといいな」
「……ああ。親父の力になれるか分かんないけど。つかお前、こういう他人の恥ずかしい気持ちをホントストレートに暴くよな」
竜二の親父さんは今のところ治る見込みがない難病を患ってる。身体中の筋肉が無くなる病気らしい。当の本人はもうそろそろ杖をついて歩くことも出来なくなりそうだと言いながら、何事もないように笑ってた。
そんな親父さんだけど、湯川洋平と言えば、向こうの地元では知らないがいないレベルのイケメンだ。
息子の竜二も、兄ちゃんの桜路 さんもイケメン。桜路さんは母親の道子さんの綺麗な顔も足されて名前の通り王子様。
竜二は親父さんの進化した現代版。男子校に通う今ですら、校門に出待ちが居たりする。
背が高くて肩幅あって、顔良すぎて。声は低くは無いけど少しこもった優しい声。
女が惚れただけで妊娠するとか、馬鹿な話も頷いてしまえる。いや、実際に気のない女の子には冷たいけどね。
友達やってると性格悪いとまでは思わないっつうか、色恋に関係ないからか、男友達には優しい。
そんな奴と並んだら、普通はやっぱり顔の良さ、背の高さを比べられるもの。けど俺の場合は並ぶと女に間違えられることが多かった。
つかさ、服見たら分かるじゃん。まな板がTシャツ着てんだぞ? すっぴんで髪も何もしてない奴がパーカーにジーンズとスニーカーだぞ?
それで女と思われるのってどうよ。俺どうすりゃいいの。
言われることに免疫付いたとは言え、竜二に、
『この前一緒にカラオケ行ったの誰かに見られてて、俊が俺の彼女と思われたらしい』
とか、
『彼女いないって言ってたのに、って知らん女に泣かれた。女物の服じゃねーのに女に見えるんだな。面倒だから間違えられないようにお前坊主にしろ』
と言われた時は、流石に首絞めようかと思った。
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